摂食嚥下障害の訪問診療|「口から食べる」を歯科から支えます 東京・自由が丘/世田谷|ご予約 03-6459-7970
実例

「最近、食べ物を残すようになった」の原因は認知症だけではなかった ― 食事中の注意力低下と誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎の予防では「飲み込む力」に注目することが多くあります。しかし、食事は単に口へ入れたものを飲み込むだけの行為ではありません。食べ物を見る、それが食べ物だと認識する、口へ運ぶ、噛む、飲み込む、そして次の一口へ進む。こうした一連の動作が途切れることなく続いて、初めて食事が成立します。

特に認知機能が低下してくると、「飲み込む筋力」そのものには大きな問題がなくても、食事への注意がそれたり、口の中に食べ物をため込んだりすることがあります。今回は、食事量が減ったことを「認知症が進んだから仕方がない」と考えられていた患者さんについて、実際の食事場面を観察することで誤嚥リスクが見えてきたケースをご紹介します。認知症のある方の変化については認知症に伴う誤嚥性肺炎のケース、介助する側の速度については食事介助のペースを見直したケースでご紹介しています。本記事は食事中の注意力と食卓の環境に絞ってご説明します。

※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。

症例:B様(87歳・女性・仮名)

アルツハイマー型認知症があり、娘さんご夫婦と生活していました。以前はご自分で食事を最後まで食べることができましたが、半年ほど前から食事の途中で手が止まるようになりました。娘さんが「お母さん、食べないの?」と声をかけると再び食べ始めますが、数分するとまた箸が止まります。テレビの音に反応して横を向いたり、ご家族の会話に気を取られたりすることも増えました。

さらに最近では、次のような変化がみられるようになりました。

  • 食事時間が1時間近くかかる
  • 頬に食べ物が残っている
  • 食後になってから咳をする
  • 食後の声が少し湿っている
  • 食事量が減った
  • 3か月で体重が約2kg減った

その後、発熱と痰が出現し、医療機関で肺炎と診断され、誤嚥の関与も疑われました。退院後、ご家族から「認知症が進んで食べなくなっただけだと思っていました」とご相談があり、食事場面を含めた評価を行うことになりました。

当院での評価

嚥下機能だけを見ると、ある程度保たれていた

嚥下機能を評価すると、年齢相応の機能低下と軽度の咽頭残留はみられました。しかし、B様が食事に集中し、一口ずつ適切に摂取できている場面では、比較的安定して飲み込むことができました。そこで重要になったのが、「飲み込めるか」ではなく、「食事を最後まで適切に続けられるか」という視点でした。

実際の食事場面で見えてきたこと

実際の食事を観察すると、開始直後は問題ありませんでした。ところが途中で周囲から話し声が聞こえると、B様はそちらを向きました。口の中には、まだ食べ物が残っています。その状態で娘さんから話しかけられると返事をしようとします。しばらくすると、何をしていたのか分からなくなったように箸を置いてしまいました。さらに観察すると、右の頬の内側に食べ物が残っていることもありました。ご本人は残っていることに気づいていない様子でした。

嚥下機能が保たれていても、食べ物を認識し、口へ運び、噛み、飲み込むという一連の流れが途中で途切れれば、安全な食事が難しくなることがあります。認知症のある方では、その日の体調や環境によっても食事の様子が変化するため、「昨日食べられたから今日も同じように食べられる」とは限りません。B様では、嚥下機能だけではなく、注意力や食事環境が安全性に影響している可能性が考えられました。

「食べられない」と「食べ続けられない」は違う

ご家族は、B様について「認知症が進んで食欲がなくなった」と考えていました。しかし実際には、食事開始時にはご自分から箸を持ち、好きな料理には手を伸ばします。つまり、単純に食欲がないのではありませんでした。食べるという行為を長時間継続することが難しくなっていたのです。

この違いは重要です。「食べない」と考えれば無理に食べさせようとしてしまうかもしれませんが、「食事への集中が続かない」と考えれば、環境や介助方法を変えるという別の対応ができます。

対処・介入

  • 食事に集中できる環境をつくる:食事中に流れていたテレビを消しました。テーブルの上にも食事に必要なもの以外はできるだけ置かず、刺激を少なくしました。完全に静かな環境がすべての患者さんに適しているわけではありませんが、B様の場合には、食事へ注意を向けやすい環境をつくることを優先しました。
  • 話しかけるタイミングを変える:ご家族にとって、食卓で会話をすることは大切です。しかしB様の場合、口の中に食べ物がある状態で話しかけられると、返事をしようとして食事動作が止まることがありました。そこで、飲み込みを確認してから話しかけるようにしました。会話をなくすのではなく、タイミングを変えました。
  • 料理の並べ方を整理する:複数のお皿が並ぶと、どれを食べればよいのか迷う様子があったため、一度に提示する料理を整理し、ご本人が食事を認識しやすいよう工夫しました。
  • 食後に口の中を確認する:食事が終わったように見えても、頬や舌の周囲に食物が残っていないか確認しました。特に認知機能が低下している方では、ご本人が「残っている」と訴えない場合があるため、食後の口腔ケアも丁寧に行いました。
  • 一回の食事にこだわらない:「全部食べてもらいたい」と1時間以上食事を続けると、後半には疲労が強くなりました。そこで体重や栄養状態を確認しながら、一回の食事だけにこだわらず、必要な栄養をどのように確保するかを検討しました。

経過

食事環境を見直して約2か月後、食事時間は以前より短くなりました。途中で箸が止まる回数も減り、頬に大量の食物が残ることも少なくなりました。食後の咳も以前より減少しました。ご家族も、認知症だから食べられないと考えるのではなく、食べやすい環境をつくるという視点を持てるようになりました。その後も体重、食事量、口腔状態、嚥下機能を確認しながら生活を続けています。肺炎の再発はみられていません。

※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。食事環境を変えたことだけで肺炎を防げたと断定することはできません。しかしB様では、嚥下機能だけでは見えなかった食事場面の問題を発見できたことが、予防策を考える重要なきっかけになりました。

ご家庭でできる予防のポイント

認知症のある方では、「むせるか」だけでなく実際の食事の様子を観察してみてください。

  • 食事の途中で何度も手が止まらないか
  • テレビや周囲の会話に気を取られていないか
  • 口に食べ物を入れたまま話していないか
  • 頬に食べ物をため込んでいないか
  • 食事時間が以前より長くなっていないか
  • 食後に口腔内へ食べ物が残っていないか
  • 食事量や体重が減っていないか

「認知症だから仕方がない」と考える前に、環境を変えることで食べやすくならないかを検討することも大切です。

おわりに

誤嚥性肺炎の予防というと「喉の機能を評価すること」だと思われるかもしれません。しかし、人は喉だけで食事をしているわけではありません。目で食べ物を見る、食べ物だと理解する、手を動かす、噛む、飲み込む、呼吸する、そして食事を続ける。そのすべてがつながって「食べる」という行為になります。

だからこそ、認知症のある患者さんでは、「飲み込めますか?」だけではなく、「この人は、どのような環境なら安全に食べ続けられますか?」という問いが重要になります。認知症そのものをすぐに変えることは難しくても、食卓の環境は今日から変えられることがあります。誤嚥性肺炎の予防には、検査や訓練だけでなく、患者さんが実際に暮らしている場所を見る視点も必要です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。

当院のワンポイント

「食べられない」と「食べ続けられない」は違います。認知症のある患者さんが食事を残すようになったとき、「認知症が進んだから」だけで終わらせないことが大切です。周囲が騒がしくないか、食事に集中できているか、口の中に食べ物が残っていないか、疲れていないか、食事時間が長くなっていないか。そこに改善できる原因が隠れていることがあります。

誤嚥性肺炎の予防では、「喉を見る」だけでなく、「食べている人と、その人を取り巻く環境を見る」ことが重要です。嚥下機能を評価する医療から、「食べるという行為全体」を支える医療へ。それも、誤嚥性肺炎を予防しながら「口から食べる」を守るための大切な視点です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

Contact

「口から食べる」を、
あきらめる前にご相談ください。

むせる・飲み込みにくい・食事の時間が長くなった——摂食嚥下障害の訪問診療について、まずはお気軽にお問い合わせください。
ご予約・ご相談は、お電話または相談フォームから承ります。

※ お電話は 080-7493-8300(携帯)でも承ります。