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実例

口腔機能低下症が背景にあった誤嚥性肺炎 ― 「むせ」だけでは分からない口の衰えに気づいたケース

これまで脳卒中後遺症パーキンソン病認知症誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者、そしてサルコペニア・低栄養による誤嚥性肺炎の症例をご紹介してきました。今回は、歯科での評価によって早期に気づきやすい「口腔機能低下症」が背景となった誤嚥性肺炎の症例をご紹介します。

近年、高齢者では「歯がある・ない」だけではなく、「食べる」「飲み込む」「話す」といった口の機能そのものが少しずつ低下することが分かってきました。この状態を口腔機能低下症と呼びます。初期には自覚症状が少ないため見過ごされやすく、気づいたときには誤嚥性肺炎を発症しているケースも少なくありません。本症例は、実際によく経験する経過をもとに構成した典型的な複合症例です。

症例:F様(79歳・男性・仮名)

高血圧で通院中でしたが、日常生活は自立していました。ここ1年ほど、ご家族が次のような変化を感じていました。

  • 食事中に口の中へ食べ物が残る
  • 固いものを食べなくなった
  • 最近、滑舌が悪くなった

しかし、ご本人は「年齢のせいだから仕方がない」と考え、特に受診はしていませんでした。ある冬の日、発熱と湿った咳が続き、医療機関で誤嚥性肺炎と診断されました。肺炎は改善したものの、再発予防を目的に当院を受診されました。

当院での評価

誤嚥性肺炎の原因を調べるため、口腔機能を中心に総合的な評価を行いました。

口腔機能検査

検査では、次のような所見が認められました。

  • 舌圧の低下
  • 舌の動きの低下
  • 咀嚼能力の低下
  • 口腔乾燥
  • 舌苔の付着
  • 義歯の適合不良

また、口唇の閉鎖力も低下しており、食塊を口の中でまとめる力が弱くなっていました。これらの結果から口腔機能低下症と診断しました

嚥下内視鏡検査(VE)

VEでは、咽頭残留、水分での軽度の喉頭侵入、咳反射の低下を認めました。大きな誤嚥はありませんでしたが、小さな誤嚥を繰り返している可能性が考えられました。

嚥下エコー

嚥下エコーでは、舌骨運動は保たれていましたが、舌の送り込みが弱く、咽頭へ十分に食塊を送ることができていませんでした。放射線被ばくがないため、外来でも繰り返し評価を行いながら改善状況を確認することができました。

対処・介入

評価結果をもとに、多職種で以下の介入を開始しました。

  • 口腔機能訓練:歯科衛生士による舌の運動、頬の運動、口唇閉鎖訓練、発音訓練(パ・タ・カ・ラ)を継続しました。さらに、自宅でも毎日できる口腔体操を指導しました。
  • 義歯調整:義歯の適合を改善し、咀嚼しやすい状態に修正しました。噛めるようになることは、食塊形成の改善や飲み込みやすさにつながります。
  • 専門的口腔ケア:歯科衛生士による専門的口腔ケアを定期的に実施しました。舌苔の除去や義歯の清掃方法も見直し、口腔内細菌の減少を図りました。
  • 栄養指導:管理栄養士と連携し、噛みやすく、十分なたんぱく質を摂取できる食事内容へ変更しました。

経過

約3か月後の再評価では、食事の食べやすさの改善とむせる回数の減少が確認されました。舌圧も改善し、嚥下エコーでは食塊の送り込みがスムーズになっていました。その後1年以上にわたり、誤嚥性肺炎の再発なく生活されています。

※ 改善の程度には個人差があり、年齢や基礎疾患によって経過は異なります。定期的な評価と継続的な訓練を行うことが大切です。

ご家庭でできる予防のポイント

  • 「食べこぼし」が増えていないか確認する
  • 食事に時間がかかるようになっていないか観察する
  • 滑舌の変化を見逃さない
  • 毎日口腔体操を続ける
  • 義歯は定期的に調整を受ける
  • 定期的な歯科受診と専門的口腔ケアを継続する

おわりに

口腔機能低下症は、初期には痛みなどの自覚症状が少ないため、「年齢のせい」と見過ごされがちです。しかし、口の機能が少しずつ低下すると、食べる力や飲み込む力が弱くなり、誤嚥性肺炎のリスクが高まると考えられています。

私たちは、「むせるようになった」という症状だけではなく、「最近食べにくそう」「滑舌が悪くなった」「口が乾きやすい」といった小さな変化にも注目しています。早期に口腔機能低下症に気づき、適切な訓練や口腔ケアを行うことは、誤嚥性肺炎の予防につながる可能性があります。摂食嚥下障害について嚥下健診(デンタルドック)もあわせてご覧ください。

当院のワンポイント

口腔機能低下症は、歯科での評価によって早期に気づきやすい状態です。歯だけでなく、「噛む」「飲み込む」「話す」といった口の機能を総合的に評価することで、誤嚥性肺炎のリスクを早い段階で把握できます。

当院では、口腔機能検査、嚥下内視鏡検査(VE)、嚥下エコーなどを組み合わせ、一人ひとりの状態に応じた予防プログラムをご提案しています。「治療のための歯科」から、「健康寿命を延ばすための歯科」へ。口腔機能の維持・改善を通して、誤嚥性肺炎の予防と、いつまでも安全に食べることができる生活を支えていきたいと考えています。訪問診療(自由診療)、通院が可能な方は外来(完全予約制)でも対応しています。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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