「全部食べてもらいたい」が誤嚥リスクに ― 食事介助のペースを見直したケース
誤嚥性肺炎の予防では、患者さんご本人の嚥下機能だけでなく、「どのように食事介助をしているか」も重要です。介護する側は、「しっかり栄養を摂ってほしい」「温かいうちに食べてもらいたい」という思いから、一生懸命に食事を介助します。ところが、一口を飲み込み終える前に次の一口を運んだり、一口量が多くなったりすると、ご本人の嚥下能力を超えてしまうことがあります。
今回は、嚥下機能そのものの急激な悪化ではなく、食事介助の方法を見直すことで安全性が改善したケースをご紹介します。介護施設で発症した誤嚥性肺炎や食事を制限しすぎたケースともあわせてご覧ください。
※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。
症例:V様(89歳・女性・仮名)
軽度の認知症があり、介護施設で生活していました。ご自分で食事を始めることはできますが、途中から手が止まってしまうため、後半は職員が介助していました。最近になって、次のような変化がみられるようになりました。
- 食事後半にむせる
- 食後に痰が増える
- 食事後に声がガラガラする
- 37℃台の微熱が時々みられる
その後、発熱と呼吸器症状が出現し、医療機関で誤嚥性肺炎と診断されました。肺炎の治療後、再発予防のため嚥下機能を評価することになりました。
当院での評価
嚥下機能だけでは説明できない
嚥下機能を評価すると、年齢相応の機能低下と軽度の咽頭残留はみられました。しかし、少量ずつ落ち着いて摂取すると、比較的安定して飲み込むことができました。そこで施設での実際の食事場面を詳しく確認したところ、一つの問題が見えてきました。
「食べる速度」と「介助する速度」が違っていた
V様は、一口を口に入れてから飲み込むまでに時間が必要でした。ところが介助では、口の中の食物がなくなったように見えると、すぐに次の一口が運ばれていました。実際には、咽頭に食物が残っている可能性があります。そこへ次の一口が入る。さらに次の一口が入る。食事後半になるにつれて疲労も加わり、むせや湿った声が増えていました。
つまり、「食べられない」のではなく、「ご本人の食べる速度より介助の速度が速かった」可能性が考えられました。
「口が空いた」と「飲み込みが終わった」は同じではありません
食事介助では、口の中が空になると「飲み込んだ」と判断してしまいがちです。しかし、食物は口から咽頭、食道へと送られていきます。口腔内から食物がなくなっていても、嚥下が十分に完了しているとは限りません。特に高齢者では、若い頃より一回の嚥下に時間がかかったり、複数回飲み込んで一口を処理したりする場合があります。その人自身のペースを観察することが大切です。
一口量にも問題がありました
もう一つ確認したのが、一口の量です。介助者によってスプーンに載せる量に違いがあり、忙しい時間帯には一口量がやや多くなることもありました。しかし、一口量が多ければ早く食事が終わるとは限りません。一度に処理しなければならない量が増えることで、かえって嚥下に時間がかかり、残留やむせにつながる場合があります。そこでV様に適した一口量を職員間で共有することにしました。
対処・介入
- 「次の一口」を急がない:一口ごとに、嚥下したことを確認してから次の一口を介助するようにしました。必要に応じて複数回の嚥下を待ちます。単純に秒数を決めるのではなく、喉の動き、呼吸、声、表情などを観察しながらご本人のペースに合わせました。
- 一口量を統一:使用するスプーンと一口量の目安を職員間で共有し、担当する職員によって介助方法が大きく変わらないようにしました。
- 食事後半の疲労を見る:V様は食事開始時には比較的良好でしたが、後半になると姿勢が崩れ、嚥下にも時間がかかっていました。そこで「最初に食べられたから最後まで同じように食べられる」と考えないことを職員間で確認しました。食事途中で疲労が強い場合には、一度休憩するなど、その日の状態に応じて対応しました。
- 食事姿勢を調整:椅子の高さ、足底の接地、身体の傾き、テーブルとの距離を確認し、食事後半でも姿勢を維持しやすい環境を整えました。
- 口腔ケアを継続:食事介助を改善しても、誤嚥を完全になくせるわけではありません。そのため、口腔内の細菌を減らす目的で毎日の口腔ケアと定期的な専門的口腔管理を継続しました。
経過
食事介助の方法を統一して約2か月後、食事後半のむせが少なくなりました。食後の湿った声や痰も以前より減少しました。職員間でも、食べていただくことだけでなく「待つこと」も食事介助であるという認識が共有されました。その後も状態を確認しながら食事介助を継続し、肺炎の再発なく経過しています。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。介助方法を変えればすべての誤嚥性肺炎を予防できるわけではありません。嚥下障害の程度、基礎疾患、栄養状態、口腔環境などを含めて総合的に評価する必要があります。
ご家庭でできる予防のポイント
食事介助をしている場合には、「何を食べるか」だけでなく「どう食べてもらっているか」も確認してみてください。
- 一口量が多くなっていないか
- 飲み込む前に次の一口を入れていないか
- 食事を急がせていないか
- 食事後半に姿勢が崩れていないか
- 食事途中からむせが増えていないか
- 食後に声がガラガラしていないか
- 食事の途中で疲れていないか
介助する人のペースではなく、食べるご本人のペースを基準にすることが大切です。
おわりに
食事介助では、「全部食べてもらうこと」が目標になりやすいものです。もちろん、必要な栄養を摂ることは重要です。しかし、100%食べてもらうことを優先するあまり、ご本人の嚥下能力を超えた速度で介助してしまえば、安全性とのバランスが崩れてしまいます。誤嚥性肺炎の予防で重要なのは、「どれだけ食べたか」だけではなく、「どのように食べたか」を見ることです。
そして食事介助には、もう一つ大切な技術があります。それは「待つこと」です。患者さんが飲み込む。呼吸を整える。次の一口を受け入れる準備ができる。それを確認してから、次の一口を運ぶ。特別な機器を使わなくても、食事の場面を丁寧に観察することで改善できることがあります。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
「食べさせる技術」だけでなく、「待つ技術」も食事介助です。誤嚥性肺炎を繰り返す患者さんでは、嚥下機能だけに原因を求めるのではなく、実際の食事場面を見ることも重要です。
- 誰が介助しているのか
- 一口量はどのくらいか
- どのくらいの速度で食べているのか
- 後半に疲れていないか
- 姿勢は崩れていないか
私たちは、検査で「飲み込める・飲み込めない」を判断するだけではなく、患者さんが日常生活の中でどのように食べているのかまで考えることが、誤嚥性肺炎の予防には必要だと考えています。食事を介助する人の速度ではなく、食べる人の速度で。その小さな違いが、安全に食べ続けるための大切な一歩になります。施設さま・ケアマネジャーさまからのご相談はこちら、通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。