認知症に伴う誤嚥性肺炎 ― 家族が気づいた小さな変化がケアにつながったケース
これまで脳卒中後遺症、パーキンソン病による誤嚥性肺炎をご紹介しました。今回は、高齢化に伴い近年増えている認知症に伴う誤嚥性肺炎についてご紹介します。
認知症では、「飲み込む筋力」だけが低下するわけではありません。食べることへの注意力や判断力、食事のペースなども変化するため、ご本人が自覚しないまま誤嚥を繰り返してしまうことがあります。本症例は、実際によく経験する経過をもとに構成した典型的な複合症例です。
症例:C様(80代・女性・仮名)
アルツハイマー型認知症と診断されて5年。歩行は自立していましたが、ご家族から次のようなご相談がありました。
- 最近、食事に時間がかかる
- 口の中に食べ物をためたまま飲み込まない
- 食後にゴホゴホ咳をすることが増えた
その数週間後、38℃台の発熱と咳が続き医療機関を受診。胸部X線検査で右下肺野に肺炎を認め、誤嚥性肺炎と診断されました。抗菌薬治療により肺炎は改善しましたが、「また肺炎になったらどうしよう」という不安から、当院を受診されました。
当院での評価
認知症では、飲み込みだけではなく「食べる行動そのもの」を評価することが重要です。当院では以下の評価を行いました。
嚥下内視鏡検査(VE)
内視鏡を用いて嚥下機能を観察したところ、次の点が確認されました。
- 飲み込みの開始が遅い
- 咽頭に食物が残りやすい
- 水分で軽度の喉頭侵入
嚥下エコー検査
さらに嚥下エコーを実施しました。超音波で舌骨や喉頭の動きを観察したところ、嚥下運動そのものは比較的保たれていましたが、飲み込むタイミングが遅れ、食塊が咽頭内に長く留まる傾向がみられました。嚥下エコーは放射線被ばくがなく、繰り返し評価できるため、外来や在宅でも有用な検査です。
食事場面の観察
ご家族と一緒に実際の食事を観察すると、次のような点が見つかりました。
- テレビを見ながら食べている
- 一口量が多い
- 口の中に食べ物をためる
- 飲み込む前に次の一口を入れてしまう
認知症では、このような食行動の変化が誤嚥性肺炎の原因になることが少なくありません。
対処・介入
評価結果をもとに、以下の対応を行いました。
- 食事環境の改善:テレビを消し、静かな環境で食事をするよう指導しました。
- 一口量の調整:スプーンを小さめに変更し、ご家族にも一口ずつ確認しながら介助していただきました。
- 食形態の調整:まとまりやすく飲み込みやすい嚥下調整食へ変更し、水分には必要に応じてとろみを使用しました。
- 口腔ケア:歯科衛生士による専門的口腔ケアと、毎食後のブラッシング方法を指導しました。口腔内細菌を減らすことは、誤嚥性肺炎の予防に有効であることが多くの研究で示されています。
- ご家族への指導:認知症では「本人が頑張る」ことよりも「家族が食べやすい環境を整える」ことが重要になります。食事を急がせないこと、疲労時には無理に食べさせないことなどもお伝えしました。
経過
約3か月後、ご家族から「食事中の咳がほとんどなくなった」「食べる時間も短くなった」とのお話がありました。嚥下エコーで再評価したところ、嚥下開始のタイミングが改善し、咽頭残留も減少していました。その後1年以上、誤嚥性肺炎の再発なく在宅生活を継続されています。
※ 認知症は進行性疾患であり、嚥下機能も時間とともに変化する可能性があります。改善の程度や経過には個人差があり、結果を保証するものではありません。定期的な評価を行い、その時々の状態に応じた対応を続けることが大切です。
ご家庭でできる予防のポイント
- テレビを消し、食事に集中できる環境を整える
- 一口量を少なくする
- 飲み込んだことを確認してから次の一口をすすめる
- 毎日の口腔ケアを続ける
- 「食事に時間がかかる」「口にため込む」「むせる」といった小さな変化を見逃さず、早めに専門医へ相談する
おわりに
認知症による誤嚥性肺炎は、「飲み込みの力」だけではなく、食べ方・食べる環境・認知機能など、さまざまな要因が関係しています。適切な評価と早期の介入により、肺炎の再発を防ぎながら住み慣れた自宅で生活を続けられる可能性があります。「年齢のせい」「認知症だから仕方がない」と諦めず、小さな変化をきっかけに専門的な評価を受けることが、誤嚥性肺炎予防への第一歩です。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過やご家族の声は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。