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実例

肺炎は治ったのに「食べる力」が戻らない ― 入院後の廃用が再発リスクになったケース

誤嚥性肺炎は、抗菌薬などによる治療で炎症が改善すれば、それで終わりというわけではありません。高齢者では、肺炎による入院をきっかけに数日から数週間ベッドで過ごすことで、足腰だけでなく、食べるために必要な筋力や体力まで低下してしまうことがあります。

「肺炎は治ったから、退院すれば以前の生活に戻れる」。そう思っていたところ、食事量が減り、再び肺炎を発症してしまうことがあります。今回は、誤嚥性肺炎そのものは改善したものの、入院後の身体機能低下が次の肺炎につながったと考えられたケースをご紹介します。肺炎を繰り返すケースサルコペニア・低栄養が背景にあったケースもあわせてご覧ください。

※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。

症例:U様(84歳・男性・仮名)

奥様と二人暮らしで、肺炎を発症するまでは杖を使って近所を散歩し、食事も普通食をご自分で食べていました。ある冬、発熱と咳が出現し、誤嚥性肺炎の診断で入院しました。治療によって肺炎は改善し、約3週間後に退院しました。ご家族は「肺炎が治って本当によかった」と安心していました。

ところが、退院後のU様は入院前とは明らかに違っていました。

  • 歩く距離が短くなった
  • 椅子から立ち上がるのに時間がかかる
  • 声が小さくなった
  • 食事の途中で疲れる
  • 一回の食事量が減った
  • 食後に痰が増える

それでも「病み上がりだから仕方がない」と考え、そのまま様子を見ていました。退院から約2か月後、再び発熱。二度目の誤嚥性肺炎と診断されました。そこで退院後の再発予防を目的に、当院で詳しく評価することになりました。

当院での評価

入院前と比べて何が変わったのか

まず重要視したのは、「現在の状態」だけではなく、「肺炎になる前と比べて何ができなくなったのか」という点でした。ご家族に詳しく伺うと、入院前には毎日20〜30分程度歩いていましたが、退院後はほとんど外出しなくなっていました。自宅でも椅子に座ってテレビを見ている時間が長くなり、昼間に横になることも増えていました。

嚥下機能の評価

嚥下機能を評価すると、嚥下そのものが著しく障害されているわけではありませんでした。しかし、次のような特徴がみられました。

  • 食事後半になると嚥下が弱くなる
  • 咽頭残留が増える
  • 咳の力が弱い
  • 食事姿勢を長時間維持できない

特に重要だったのが、食事の前半と後半で状態が違うことでした。最初の数口は比較的問題なく食べられます。ところが食事が進むにつれて疲労し、姿勢が崩れ、飲み込む動作も弱くなっていきました。

「飲み込む力」だけでは食事はできない

食事には多くの身体機能が必要です。椅子に座る。姿勢を保つ。箸を持つ。噛む。舌で食べ物をまとめる。飲み込む。呼吸する。必要なら咳をする。つまり、食べるという行為は、口や喉だけで行われているわけではありません。全身の体力が低下すれば、食事そのものが大きな運動負荷になることがあります。U様では、肺炎による入院をきっかけに身体活動量が大きく減少し、全身の筋力や持久力が低下したことが、食べる機能にも影響している可能性が考えられました。

入院による「廃用」という問題

高齢者では、病気そのものだけでなく、安静期間が長くなることによる廃用症候群にも注意が必要です。身体を使わない状態が続けば、筋力や体力は低下します。そして、これは足腰だけの問題ではありません。食事に必要な姿勢保持、呼吸、咳嗽、嚥下などにも影響する可能性があります。その結果、次のような悪循環に入ってしまうことがあります。

  • 肺炎 → 入院・安静 → 活動量低下 → 筋力・体力低下 → 食事量低下 → 低栄養 → さらに身体機能が低下 → 再び肺炎

対処・介入

  • 「飲み込み」だけではなく全身を動かす:理学療法士と連携し、歩行や立ち上がりなどの運動を無理のない範囲で開始しました。最初から長距離を歩くのではなく、「食卓まで自分で歩く」「日中に椅子へ座る時間を増やす」といった日常生活の中でできる活動から始めました。
  • 食事時間を見直す:U様は一回の食事を40分以上かけて食べていました。後半になるほど疲労し、姿勢も崩れていました。そこで、食事量や内容を栄養面から検討するとともに、無理に長時間食べ続けないよう調整しました。「全部食べること」だけを目標にせず、安全に必要な栄養を確保することを優先しました。
  • 食事姿勢を調整:椅子とテーブルの高さ、足の位置、身体の傾きなどを確認し、食事後半でもできるだけ安定した姿勢を保てる環境を整えました。
  • 口腔ケアを継続:身体機能を改善しても、口腔内の細菌管理が不要になるわけではありません。歯科衛生士による専門的口腔ケアと、ご家庭での毎日のケアを継続しました。
  • 栄養状態を確認:管理栄養士と連携し、体重や食事摂取量を確認しました。特に、筋肉量の維持に必要なたんぱく質やエネルギーを十分に摂取できているかを確認しながら食事内容を調整しました。

経過

約3か月後、U様は自宅周辺を短時間散歩できるまで回復しました。食事中に身体が傾くことも少なくなり、食事量も徐々に増えていきました。ご家族も、肺炎が治れば元に戻ると考えるのではなく、退院後の生活の立て直しが大切だという視点を持てるようになりました。その後も口腔管理、栄養管理、運動を継続し、肺炎の再発なく経過しています。

※ 改善の程度には個人差があり、すべての患者さんが同じ経過をたどるわけではありません。基礎疾患や肺炎の重症度によって回復の程度は異なるため、その方の状態に合わせた対応が必要です。運動や食事内容の変更は自己判断で行わず、必ず主治医やリハビリテーション・栄養の専門職にご相談ください。

ご家庭でできる予防のポイント

肺炎から退院した後は、「熱が下がったか」だけではなく、入院前と比べて何が変わったかを確認してみてください。

  • 歩く距離が短くなっていないか
  • 立ち上がりにくくなっていないか
  • 日中横になっている時間が増えていないか
  • 声や咳が弱くなっていないか
  • 食事時間が長くなっていないか
  • 食事の途中で疲れていないか
  • 食事量や体重が減っていないか
  • 食後の痰が増えていないか

こうした変化は、「年を取ったから仕方がない」と見過ごさず、必要に応じて医療・介護の専門職へご相談することが大切です。

おわりに

誤嚥性肺炎の予防には、二つの大切な時期があります。一つは、最初の肺炎を起こさないための予防。そしてもう一つは、一度肺炎になった人を、次の肺炎から守るための予防です。

高齢者では、肺炎という一回の病気を境に、身体機能や生活が大きく変わることがあります。そのため、「肺炎が治った」ことと、「肺炎になる前の身体に戻った」ことは同じではありません。退院後に、歩く力、食べる力、咳をする力、栄養状態、口腔環境をもう一度確認する。そして、失われた機能をできるだけ早く取り戻す。これも誤嚥性肺炎予防の重要な一部だと私たちは考えています。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。

当院のワンポイント

誤嚥性肺炎の予防は、「退院した日」からもう一度始まります。肺炎が治ったあとに、歩けなくなった、食べられなくなった、声が小さくなった、咳が弱くなった、体重が減った。こうした変化があれば、それは次の肺炎につながるサインかもしれません。

私たちは、嚥下機能だけを見るのではなく、口腔・嚥下・栄養・筋力・呼吸・生活を総合的に評価することが大切だと考えています。「肺炎を治す」で終わらず、「肺炎になる前の生活をどこまで取り戻せるか」まで考える。それが、誤嚥性肺炎の再発を防ぐための大切な視点です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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