食事は上手にできるのに肺炎を繰り返す ― 「睡眠中の唾液誤嚥」を疑ったケース
誤嚥性肺炎というと、「食事中に食べ物や飲み物が気管へ入って起こる肺炎」と考える方が多いかもしれません。しかし、誤嚥するものは食べ物だけではありません。
私たちは一日に何度も無意識に唾液を飲み込んでいます。ところが高齢になると嚥下反射や咳反射が低下し、睡眠中に口腔内の細菌を含んだ唾液を少量ずつ気道へ流入させてしまうことがあります。今回は、食事中にはほとんど問題がないにもかかわらず肺炎を繰り返し、夜間の唾液誤嚥という視点から予防策を見直したケースをご紹介します。
※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。
症例:Q様(85歳・男性・仮名)
高血圧と軽度の脳梗塞後遺症がありましたが、ご自宅では普通食を召し上がっていました。食事中に多少時間がかかるものの、目立ったむせはありません。ところが、この1年間に3回肺炎を発症しました。
ご家族は不思議に思っていました。「食事を見ていても、ほとんどむせないんです。それなのに、どうして誤嚥性肺炎になるのでしょうか」。さらに詳しくお話を伺うと、ある特徴がありました。肺炎になる前には、次のような変化がみられていたのです。
- 朝になると痰が多い
- 起床時に声がガラガラしている
- 夜間に時々咳をしている
- 朝食時より夕食時の方が調子がよい
そこで私たちは、食事中だけでなく、睡眠中の状態にも目を向けました。
当院での評価
食事中の嚥下機能
嚥下内視鏡検査(VE)を行いました。食事では軽度の咽頭残留がみられたものの、明らかな大量誤嚥は確認されませんでした。「食事中の誤嚥だけで、繰り返す肺炎をすべて説明できるだろうか」という疑問が残りました。
唾液の状態を確認
さらに観察すると、咽頭には唾液や分泌物がやや貯留していました。ご本人に唾液を飲み込んでいただくと嚥下は可能でしたが、嚥下する回数そのものが少なくなっている可能性が考えられました。睡眠中は覚醒時より嚥下の頻度が低下します。さらに高齢者では、咽頭・喉頭の感覚や咳反射が低下している場合があります。そのため、本人が気づかないうちに唾液が気道へ入り込むことがあります。
口腔内の評価
Q様の口腔内を確認すると、歯周病、舌苔、義歯の汚れ、口腔乾燥が認められました。ここで重要なのは「何を誤嚥するか」です。同じ少量の唾液を誤嚥したとしても、口腔内の細菌量や患者さんの全身状態などによって肺炎発症のリスクは変わると考えられます。つまり、誤嚥を完全になくすことだけでなく、誤嚥される唾液をできるだけ清潔にしておく。これも誤嚥性肺炎予防の重要な考え方です(胃ろう造設後でも同じことが問題になります)。
対処・介入
- 就寝前の口腔ケアを重点化:これまでも朝食後には丁寧に歯みがきをしていましたが、夕食後はテレビを見ながら眠ってしまい、十分な歯みがきをしない日がありました。そこで特に就寝前の口腔ケアを徹底し、歯だけでなく、歯と歯肉の境目、舌、義歯なども清潔に保つようご指導しました。義歯は就寝前に外して洗浄する習慣をつけました。
- 口腔乾燥への対応:口腔内が乾燥すると汚れが停滞しやすくなります。そこで口腔内の保湿を行い、水分摂取についても全身状態を考慮しながら見直しました。
- 嚥下機能を維持する訓練:「食べられているから訓練は必要ない」と考えるのではなく、嚥下機能を維持するための訓練を行いました。唾液を意識して飲み込む練習など、ご本人が無理なく継続できる方法を取り入れました。
- 日中の活動量を増やす:ご家族に伺うと、肺炎を繰り返してから外出が減り、日中も横になっている時間が増えていました。そこで主治医やリハビリテーションスタッフとも相談し、安全な範囲で歩行や日中の活動を増やしました。全身の体力を維持することも、肺炎予防を考えるうえでは重要です。
- 夜間・早朝の変化を記録:ご家族には「食事中のむせ」だけでなく、夜間の咳、起床時の痰、朝の声の変化、微熱、食欲、元気の低下についても観察していただきました。
経過
約4か月後、朝の痰が以前より減少し、口腔内の状態も改善しました。ご家族も、食事のときだけでなく睡眠中の状態にも目を向けられるようになり、その後も口腔管理と嚥下機能の評価を継続して、肺炎の再発なく経過しています。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。この経過だけから「睡眠中の唾液誤嚥が肺炎の唯一の原因だった」と断定することはできません。誤嚥性肺炎は、嚥下機能、口腔内細菌、全身状態、栄養、免疫機能など複数の要因が重なって発症することが多いからです。しかしこの症例では、食事場面だけを見ていては気づけなかったリスクに目を向けたことが、予防策を考えるきっかけになりました。
ご家庭でできる予防のポイント
誤嚥性肺炎の予防では、「食事中にむせているか」だけでなく、一日の生活全体を見ることが大切です。特に次の点を意識してみてください。
- 就寝前に丁寧な口腔ケアを行う
- 義歯を清潔に管理する
- 口腔乾燥を放置しない
- 夜間の咳に注意する
- 朝の痰や声の変化を観察する
- 原因不明の微熱を繰り返していないか確認する
肺炎を繰り返しているにもかかわらず食事中のむせが目立たない場合には、食事以外の時間帯の誤嚥も含めて専門的な評価を受けることが重要になる場合があります。
おわりに
誤嚥性肺炎の予防というと、どうしても「食べ方」に目が向きます。もちろん、安全に食べることは非常に重要です。しかし、人は食事をしている時間より、食事をしていない時間の方がはるかに長いのです。その間も唾液は分泌され、私たちは無意識に飲み込み続けています。
だからこそ、「食事中に誤嚥しているか」だけではなく、「24時間を通して何が肺へ入る可能性があるのか」という視点が必要です。そして、誤嚥を完全にゼロにすることが難しい患者さんでは、「誤嚥させない」だけでなく「誤嚥しても肺炎につながりにくい状態をつくる」という考え方も重要になります。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
誤嚥性肺炎の予防は、食事の時間だけではありません。「食事ではむせないのに肺炎を繰り返す」「朝になると痰が多い」「起床時に声がガラガラしている」。そんなときには、睡眠中の唾液誤嚥を含め、食事以外の時間にも目を向ける必要があります。
当院では、嚥下機能だけでなく、口腔環境、生活リズム、栄養状態、全身状態などを総合的に評価し、誤嚥性肺炎の予防につなげていきます。「食べる瞬間」だけを見るのではなく、「患者さんの24時間を見る」。それが、見えにくい誤嚥から患者さんを守るための大切な視点です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。