サルコペニア・低栄養が背景にあった誤嚥性肺炎 ― 「飲み込む力」だけでなく「全身の筋力」に目を向けたケース
これまで脳卒中後遺症、パーキンソン病、認知症、そして誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者の症例をご紹介してきました。今回は、近年特に注目されているサルコペニア(筋肉量・筋力の低下)が背景となった誤嚥性肺炎の症例をご紹介します。
「飲み込む力が弱くなったから肺炎になる」と思われがちですが、実際には全身の筋力低下や低栄養が大きく関係していることも少なくありません。本症例は、実際によく経験する経過をもとに構成した典型的な複合症例です。
症例:E様(85歳・女性・仮名)
一人暮らしで日常生活は自立していましたが、ここ1年で食欲が低下し、「食事は簡単なものだけで済ませる」ことが増えていました。娘様からは、次のようなご相談がありました。
- 最近やせてきた
- 歩く速度が遅くなった
- 食事中によくむせるようになった
その後、発熱と湿った咳が続き、近医で誤嚥性肺炎と診断され、抗菌薬による治療を受けられました。肺炎は改善したものの、「また繰り返すのではないか」という不安から当院を受診されました。
当院での評価
誤嚥性肺炎を繰り返さないためには、嚥下機能だけでなく全身状態を把握することが重要です。
嚥下内視鏡検査(VE)
VEでは、飲み込みのタイミングがやや遅く、少量の咽頭残留を認めました。一方で、重度の誤嚥は認められず、「嚥下機能だけでは今回の肺炎を十分に説明できない」と考えられました。
嚥下エコー
嚥下エコーでは、舌骨や喉頭の動きは保たれていましたが、嚥下後の残留がやや多く、嚥下関連筋群の筋力低下が疑われました。放射線被ばくがなく、繰り返し評価できる嚥下エコーは、外来で経過を確認するうえでも有用な検査です。
全身機能の評価
さらに評価を進めたところ、次のような所見が認められました。
- 半年間で4kgの体重減少
- BMIの低下
- 握力低下
- 歩行速度の低下
- 下腿周囲径の減少
これらからサルコペニアが疑われました。また、食事内容を確認すると、たんぱく質の摂取量が不足しており、低栄養状態であることも分かりました。
対処・介入
評価結果をもとに、多職種で以下の介入を行いました。
- 栄養管理:管理栄養士が食事内容を見直し、毎食で十分なたんぱく質とエネルギーを摂取できるよう支援しました。必要に応じて栄養補助食品も活用しました。
- 嚥下リハビリテーション:言語聴覚士による嚥下訓練に加え、舌や口唇の運動、発声訓練などを継続しました。
- 運動療法:理学療法士による下肢筋力訓練、立ち上がり練習、歩行訓練を開始しました。全身の筋力を改善することは、嚥下機能や咳をする力の維持にもつながります。
- 口腔ケア:歯科衛生士による専門的口腔ケアを開始し、毎日のセルフケアについても指導しました。口腔内細菌を減らすことは、誤嚥性肺炎の予防に重要です。
経過
約4か月後には体重が2kg増加し、握力や歩行速度も改善しました。食欲も回復し、食事の時間を楽しめる様子が見られるようになりました。嚥下エコーによる再評価では咽頭残留の減少が確認され、その後1年以上にわたり誤嚥性肺炎の再発なく生活されています。
※ 改善の程度には個人差があり、年齢や基礎疾患によって経過は異なります。定期的な評価を継続し、その時々の状態に応じた介入を行うことが重要です。
ご家庭でできる予防のポイント
- 急な体重減少を見逃さない
- 毎食、肉・魚・卵・大豆製品などのたんぱく質を意識して摂る
- 毎日少しでも歩く習慣を続ける
- 食事中のむせや疲れやすさを観察する
- 定期的に口腔ケアと嚥下機能の評価を受ける
おわりに
サルコペニアによる誤嚥性肺炎では、「飲み込み」だけに注目していては十分ではありません。筋力や栄養状態が改善すると、嚥下機能だけでなく、咳をする力や免疫機能の維持にもつながり、誤嚥性肺炎の再発予防が期待できると考えられています。
私たちは、「なぜ誤嚥したのか」だけではなく、「なぜこの方は肺炎を発症したのか」という視点を大切にしています。誤嚥があっても肺炎にならない方がいる一方で、軽い誤嚥でも肺炎を繰り返す方がいます。その違いには、口腔環境、栄養状態、筋力、全身の健康状態など、多くの要因が関係しています。
当院では、嚥下機能だけでなく、口腔環境、栄養状態、筋力、生活環境まで総合的に評価し、一人ひとりに合わせた誤嚥性肺炎予防をご提案しています。摂食嚥下障害についてや嚥下健診(デンタルドック)もあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
「食べる力」は、口やのどだけでは決まりません。全身の筋力や栄養状態は、飲み込む力や咳をする力、さらには感染から身体を守る力にも深く関係しています。
誤嚥性肺炎を予防するためには、「肺炎を治療する」だけではなく、「健康な身体を維持する」ことも重要です。当院では、多職種が連携し、全身を診る視点から誤嚥性肺炎予防に取り組んでいます。訪問診療(自由診療)、通院が可能な方は外来(完全予約制)でも対応しています。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。