誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者 ― 「治す」から「予防する」へ視点を変えたケース
これまで脳卒中後遺症、パーキンソン病、認知症に伴う誤嚥性肺炎をご紹介してきました。今回は、当院でも相談が非常に多い「何度も誤嚥性肺炎を繰り返してしまう方」の症例をご紹介します。
誤嚥性肺炎は、一度治療しても再発を繰り返すことが少なくありません。「抗菌薬で肺炎は良くなったのに、数か月後にまた肺炎になってしまった」という患者様は数多くいらっしゃいます。本症例は、実際によく経験する経過をもとに構成した典型的な複合症例です。
症例:D様(88歳・男性・仮名)
高血圧と糖尿病で通院中。2年間で3回の誤嚥性肺炎により入院を繰り返していました。退院するたびに「肺炎は治りました」と言われるものの、数か月すると再び発熱し、咳や痰が増え、救急搬送されることを繰り返していました。ご家族から「もう肺炎を繰り返さない方法はありませんか?」というご相談を受け、当院を受診されました。
当院での評価
当院では、「なぜ誤嚥したのか」だけではなく、「なぜ肺炎を繰り返してしまうのか」という視点で評価を行いました。
嚥下内視鏡検査(VE)
飲み込み自体は大きく破綻していませんでしたが、次の点が認められました。
- 少量の唾液誤嚥
- 食後の咽頭残留
- 咳反射の低下
ご本人はほとんど自覚しておらず、不顕性誤嚥(気づかない誤嚥)が疑われました。
嚥下エコー
嚥下エコーでは、食塊の通過自体は比較的良好でしたが、嚥下後に少量の残留を繰り返している様子が確認されました。外来で短時間に評価でき、今後も定期的に変化を追えることから、継続的なモニタリングを行うこととしました。
口腔内の評価
歯周病が進行しており、舌苔も多く、義歯にも細菌性バイオフィルムが多量に付着していました。専門的口腔ケアが十分に行われていないことも判明しました。
全身状態の評価
さらに詳しく診察すると、次のような状態が認められました。
- ここ半年で体重が5kg減少
- 筋力低下
- 歩行速度の低下
- 食欲低下
BMIも低下しており、フレイル(虚弱)とサルコペニア(筋肉量減少)が進行している状態でした。「飲み込み」だけではなく、全身の衰えそのものが誤嚥性肺炎を繰り返す背景にあると考えられました。
対処・介入
評価結果をもとに、「肺炎を治す」のではなく「肺炎になりにくい身体をつくる」ことを目標に介入しました。
- 専門的口腔ケア:歯科衛生士による定期的な口腔ケアを開始し、義歯清掃や舌苔除去も継続して、口腔内細菌を減らすことを目指しました。
- 嚥下リハビリテーション:言語聴覚士による嚥下訓練を開始。飲み込みだけではなく、咳をしっかり出す訓練や呼吸機能の維持も取り入れました。
- 栄養介入:管理栄養士と連携し、十分なたんぱく質とエネルギーを摂取できるよう食事内容を見直しました。低栄養は筋力低下だけでなく免疫力の低下にもつながるため、誤嚥性肺炎の予防には重要な要素です。
- 運動療法:理学療法士による下肢筋力訓練と歩行訓練を開始しました。全身の筋力維持が嚥下機能にも良い影響を与えることが分かってきています。
経過
約6か月後、体重は3kg増加し、歩行速度も改善しました。食欲も回復し、以前より活発に外出できるようになりました。嚥下エコーによる定期評価でも、咽頭残留は減少し、食後のむせ込みもほとんど認めなくなりました。その後1年以上、誤嚥性肺炎の再発なく在宅生活を継続されています。
※ 誤嚥性肺炎の再発リスクは、基礎疾患や全身状態によって異なります。すべての方で同じ経過をたどるわけではありませんが、定期的な評価と多職種による継続的な介入は、再発予防に重要と考えられています。改善の程度には個人差があり、結果を保証するものではありません。
ご家庭でできる予防のポイント
- 「肺炎が治ったから安心」と考えず、定期的に嚥下機能を評価する
- 毎日の口腔ケアを丁寧に行う
- 体重減少や筋力低下を放置しない
- 十分なたんぱく質と水分を摂取する
- 適度な運動を継続し、全身の筋力を維持する
- 「むせ」「食欲低下」「体重減少」などの小さな変化も早めに相談する
おわりに
誤嚥性肺炎を繰り返す方では、「誤嚥」だけが原因とは限りません。口腔内の細菌、嚥下機能の低下、低栄養、サルコペニア、フレイル、呼吸機能の低下など、さまざまな要因が重なって発症します。
私たちは、「なぜ誤嚥したのか」だけではなく、「なぜこの方は肺炎を発症したのか」という視点を大切にしています。誤嚥があっても肺炎を発症しない方がいる一方で、軽微な誤嚥でも肺炎を繰り返す方がいます。その違いは、全身の防御機能や健康状態にあると考えられています。
当院では、嚥下機能だけでなく、口腔環境、栄養状態、筋力、生活環境などを総合的に評価し、一人ひとりに合わせた誤嚥性肺炎の予防をご提案しています。「肺炎を治す医療」から「肺炎を繰り返さない医療」へ——これからも科学的根拠に基づいた予防を通して、皆様の健康を支えていきたいと考えています。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。