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実例

「歯がないから口腔ケアは不要」と思っていた ― 総義歯と舌の汚れから考える誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎の予防では、口腔ケアが重要だとよく言われます。ところが、歯がほとんどない方や総義歯を使用している方のご家族から、「もう自分の歯がないのに、歯みがきは必要なのでしょうか」と聞かれることがあります。

口腔ケアは、歯だけを磨くために行うものではありません。舌、歯肉、頬の粘膜、口蓋、そして義歯にも細菌や汚れは付着します。特に高齢者では口腔乾燥や舌の動きの低下などが加わることで、口腔内に汚れが停滞しやすくなる場合があります。今回は、食事中の大きなむせは目立たないものの肺炎を繰り返し、「歯のない口の口腔管理」を見直したケースをご紹介します。口腔乾燥そのものについては睡眠中の口呼吸と口腔乾燥のケース、口の機能の衰えについては口腔機能低下症のケースでご紹介しています。

※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。

症例:Z様(88歳・女性・仮名)

上下とも総義歯を使用し、娘さんご夫婦と生活していました。軽度の認知機能低下はありましたが、食事はご自分で摂ることができ、軟らかめの普通食を召し上がっていました。半年ほどの間に2回肺炎を発症し、2回目の入院時に誤嚥性肺炎の可能性を指摘されました。

退院後、ご家族に口腔ケアの方法を伺うと、娘さんは「歯が全部入れ歯なので、口はそれほど汚れないと思っていました」と話されました。義歯は水ですすぐ程度で、舌や歯肉を清掃する習慣はほとんどありませんでした。そこで、嚥下機能とともに口腔内を詳しく評価しました。

当院での評価

食事中の嚥下には大きな問題がない

嚥下機能を評価すると、軽度の咽頭残留は認められましたが、少量ずつ落ち着いて食べれば比較的安定していました。著しい嚥下障害だけで、繰り返す肺炎を説明できる状態ではありませんでした。そこで注目したのが口腔環境でした。

歯がなくても、口の中に細菌はいる

義歯を外して口腔内を確認すると、舌の表面には舌苔が多く付着していました。口蓋や頬の粘膜にも食物残渣が残っている部分があり、口腔乾燥も認められました。ご本人は「歯がないから、口の中を磨くところはないと思っていました」と話されましたが、細菌が存在するのは歯の表面だけではありません。歯がなくても、口腔内には多くの細菌が存在します。

さらに義歯を確認すると、義歯の内面や人工歯の周囲に汚れが付着していました。義歯も口の中で長時間使用するものですから、適切に管理しなければ汚れや微生物が付着します。特にZ様は、義歯を装着したまま眠ってしまうこともありました。つまり、「自分の歯がないから口腔ケアは必要ない」という認識によって、舌、粘膜、義歯の管理が十分に行われていなかったのです。

誤嚥するのは食事だけではない

誤嚥する可能性があるものは、食事だけではありません。私たちは一日を通して唾液を飲み込んでいます。嚥下機能や咳反射が低下すると、細菌を含む唾液や分泌物が気道へ流入することがあります。そのため誤嚥性肺炎の予防では、「誤嚥を完全になくす」ことだけでなく、「口腔内の細菌の量をできるだけ減らす」という視点も大切です。歯があるかないかにかかわらず、口腔環境を整える意味があります。

対処・介入

まず、義歯を装着したまま口腔ケアをするのではなく、外して清掃する習慣をつけました。義歯の表面だけでなく、粘膜と接触する部分も丁寧に清掃しました。義歯の材質によって適切な清掃方法が異なることがあるため、歯科医師・歯科衛生士から具体的な方法をご説明しました。

舌の汚れについてもケアを行いましたが、舌を強くこすればよいわけではありません。粘膜を傷つけないよう、その方の口腔状態に合わせて無理のない方法で行うことが大切です。歯がない部分についても、食物残渣や汚れが残っていないか確認する習慣をつけ、口腔乾燥についても評価し、必要に応じて保湿などの対応を行いました。

Z様は時々、義歯を装着したまま就寝していました。そこで口腔内や義歯の状態、歯科医師の指示を踏まえ、夜間の義歯管理についても見直しました。口腔ケアだけですべての誤嚥性肺炎を防げるわけではないため、嚥下機能、食事量、体重、活動量、咳をする力などについても継続して確認しました。「口だけ」「喉だけ」と分けず、患者さん全体を見ることを重視しています。

経過

約3か月後、舌や粘膜の汚れは減少し、義歯も清潔に管理されるようになりました。口腔乾燥も以前より改善しました。ご家族も、口腔ケアは歯をみがくことだけではなく、歯がなくても確認する場所が多くあるという理解を持てるようになりました。その後も定期的な専門的口腔管理と嚥下機能の確認を継続し、肺炎の再発なく経過しています。

※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。この経過だけから口腔ケアの改善が肺炎の再発を防いだと断定することはできません。誤嚥性肺炎は、嚥下機能、口腔環境、栄養状態、基礎疾患、免疫状態など複数の要因が関係するからです。しかしZ様のケースでは、見過ごされていた口腔環境を改善することが、予防策の重要な一つになりました。

ご家庭でできる予防のポイント

総義歯の方でも、毎日口の中を確認してみてください。

  • 義歯に汚れが付着していないか
  • 舌に厚い舌苔がないか
  • 歯肉や頬に食べ物が残っていないか
  • 口腔内が乾燥していないか
  • 義歯を入れたまま眠っていないか
  • 義歯が痛くて食事量が減っていないか
  • 定期的な歯科受診が途切れていないか

「歯がないから歯科へ行かなくてよい」とは限りません。義歯の適合、粘膜の状態、舌や口腔機能など、歯がなくても歯科で確認できることはたくさんあります。

おわりに

誤嚥性肺炎予防における口腔ケアを、「歯みがき」だけだと考えないことが大切です。歯がなくなっても、舌があります。歯肉があります。頬や口蓋の粘膜があります。唾液があります。そして義歯を使用している方には、毎日口の中に入れる義歯があります。

誤嚥性肺炎の予防という視点から考えると、重要なのは「歯が何本あるか」ではなく、「口腔全体がどのような状態にあるか」です。また、口腔を清潔にするだけでなく、義歯でしっかり噛めているか、十分な栄養を摂れているか、舌や嚥下の機能が維持されているかまで確認する必要があります。口腔ケアとは、単に口をきれいにする作業ではありません。「食べるための口を守ること」も、口腔ケアの大切な目的です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。

当院のワンポイント

歯がなくなっても、「口腔ケア」はなくなりません。総義歯の患者さんでは、義歯を洗う、舌を見る、粘膜を見る、乾燥を見る、噛めているかを見る、飲み込めているかを見る、という視点が大切です。

私たちは、誤嚥性肺炎の予防において「歯だけを見る」のではなく、口腔全体と、その先にある嚥下・栄養・全身状態までつなげて考えることが重要だと考えています。「歯がないから、口の管理は終わり」ではなく、「歯がなくても、食べるための口を守り続ける」。それも、誤嚥性肺炎を予防するための大切な歯科の役割です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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