胃ろうでも誤嚥性肺炎になるのはなぜ? ― 「食べていないから安心」とは言えないケース
これまで脳卒中後遺症、パーキンソン病、認知症、誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者、サルコペニア・低栄養、口腔機能低下症、介護施設、在宅療養、COPD、胃食道逆流症(GERD)、糖尿病、薬剤性嚥下障害と、さまざまな背景による誤嚥性肺炎をご紹介してきました。今回は、ご家族から最も多くいただく質問の一つである「胃ろうにすれば誤嚥性肺炎は防げますか?」というテーマについて考えていきます。
「口から食べなければ誤嚥しない」と思われがちですが、実際には胃ろうを造設した後でも誤嚥性肺炎を発症する方は少なくありません。本症例は、実際によく経験する経過をもとに構成した典型的な複合症例です。
症例:N様(86歳・男性・仮名)
脳梗塞後の重度嚥下障害により、2年前に胃ろうを造設しました。その後は経管栄養のみとなり、ご家族も「もう誤嚥性肺炎の心配はない」と思われていました。しかし、この1年間で2回、誤嚥性肺炎を発症し入院しました。「食べていないのに、なぜ肺炎になるのか」という疑問から、当院を受診されました。
当院での評価
誤嚥性肺炎の原因は、「食べ物」だけではありません。当院では、唾液や胃内容物も含めて総合的に評価しました。
嚥下内視鏡検査(VE)
VEでは、咽頭内への唾液貯留、唾液の不顕性誤嚥、咳反射の低下が確認されました。ご本人に自覚症状はありませんでした。
嚥下エコー
舌骨運動は著しく低下し、嚥下運動そのものも減少していました。口から食事を摂取しなくなると、嚥下運動の回数そのものが減り、嚥下に関わる筋群の機能低下につながることがあります。
口腔内の評価
口腔内には、多量の舌苔、乾燥、歯垢の付着が認められました。経口摂取をしていなくても口腔内の細菌は増殖します。その細菌を含む唾液が誤嚥されることで、誤嚥性肺炎を発症することがあります。
胃食道逆流の評価
さらに問診では、経管栄養の後に痰が増えることがありました。必要に応じて消化器内科とも連携し、胃食道逆流の評価を行いました。胃内容物の逆流も誤嚥性肺炎の原因となる可能性があります。
対処・介入
- 専門的口腔ケア:歯科衛生士による専門的口腔ケアを開始しました。経口摂取がなくても、毎日の口腔ケアを継続することの重要性をご家族へご説明しました。
- 唾液嚥下訓練:「食べないから訓練しなくてもよい」のではなく、唾液を飲み込む機能を維持するための嚥下訓練を開始しました。
- 胃ろう管理の見直し:栄養剤の注入速度や体位を見直し、注入後30分以上は上体を起こした姿勢を保つようご指導しました。
- 多職種連携:訪問看護師、管理栄養士、主治医、歯科医師、歯科衛生士、言語聴覚士で情報を共有し、在宅で継続できるケア体制を整えました。
経過
約6か月後の再評価では、口腔内の状態の大きな改善と痰の量の減少が確認されました。経口摂取がない場合でも口腔ケアが重要であることについて、ご家族の理解も深まりました。その後は誤嚥性肺炎の再発なく経過しています。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。胃ろうは栄養管理に有効な方法ですが、誤嚥性肺炎を完全に予防できるものではありません。患者さんの状態に応じた継続的な評価とケアが重要です。
ご家庭でできる予防のポイント
- 胃ろうでも毎日の口腔ケアを続ける
- 唾液の誤嚥にも注意する
- 栄養注入後はすぐ横にならない
- 痰や発熱などの小さな変化を見逃さない
- 定期的に口腔・嚥下機能の評価を受ける
おわりに
胃ろうは栄養を確保するための大切な治療法ですが、「誤嚥性肺炎を完全に防ぐ治療」ではありません。誤嚥性肺炎は、食べ物だけでなく、唾液や胃内容物、口腔内の細菌など、さまざまな要因によって発症します。
私たちは、「食べているかどうか」だけではなく、「口腔は清潔に保たれているか」「唾液を飲み込めているか」「全身状態はどうか」といった視点から総合的に評価しています。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
胃ろうになっても、口の役割は終わりません。口腔ケア、唾液の管理、嚥下機能の維持は、胃ろう造設後も誤嚥性肺炎予防の重要な柱です。
当院では、「食べられる・食べられない」に関わらず、一人ひとりの状態に合わせた口腔管理と嚥下機能の評価を継続し、誤嚥性肺炎の予防に取り組んでいます。「栄養を入れること」と「肺炎を防ぐこと」は、同じではありません。だからこそ、総合的な評価が必要なのです。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。