「食べる前」から誤嚥は始まっていた ― 起きている時間の「唾液の飲み込み」と誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎というと、食事中に食べ物や水分が気管へ入ることで起こると思われがちです。しかし、私たちは食事をしていない時間にも、無意識のうちに何度も唾液を飲み込んでいます。高齢になり、嚥下機能や咳反射が低下すると、この唾液そのものをうまく処理できなくなることがあります。
特に注意したいのは、食事中にはほとんどむせないのに肺炎を繰り返す方です。今回は、「食事の評価」だけでは原因がはっきりせず、起きている時間の唾液や分泌物の管理に目を向けることで予防策が見えてきたケースをご紹介します。なお、睡眠中の唾液誤嚥、睡眠中の口呼吸による口腔乾燥は別のケースでご紹介しています。本記事は日中・安静時の唾液の飲み込みに絞ってご説明します。
※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。
症例:C様(90歳・男性・仮名)
脳梗塞の既往があり、要介護状態でご自宅で生活していました。食事は軟らかく調整したものを召し上がっていましたが、ご家族によると「食事中は思ったほどむせません」とのことでした。ところが、この1年間に3回肺炎を発症していました。
食事形態も調整している、水分にも注意している、食事介助もゆっくり行っている、それでも肺炎を繰り返します。ご家族は「これ以上、何に気をつければいいのでしょうか」と悩んでいました。そこで、食事場面だけでなく、C様が何も食べていない時間についても詳しく評価することにしました。
当院での評価
食事中には大きなむせがみられない
嚥下機能を確認すると、年齢や既往疾患に伴う機能低下は認められました。しかし、姿勢、一口量、食事形態を調整すると、食事中には比較的安定して摂取できていました。そこで、食事以外の時間の様子を観察しました。
座っているだけの時間に現れていたサイン
すると気になる所見がありました。C様は、椅子に座っているときにも口の中に唾液がたまりやすく、時々湿ったような声になっていました。しかし、ご本人はほとんど咳をしません。声をかけて唾液を飲み込んでもらうと、一時的に声が改善することがありました。
私たちは普段、食事をしていない時間にも唾液を飲み込んでいます。健康なときには、ほとんど意識することはありません。しかし、嚥下機能が低下すると、唾液や口腔・咽頭の分泌物がたまりやすくなることがあります。さらに咽頭や喉頭の感覚が低下していると、気道へ少量流入しても強いむせが起こらない場合があります。つまり、「食事でむせていないから、誤嚥していない」とは限らないのです。
問題は唾液そのものではなく、その中身
唾液そのものが悪いわけではありません。問題になる可能性があるのは、口腔内の細菌を含んだ唾液や分泌物が気道へ流入することです。C様の口腔内を確認すると、舌苔の付着、歯周病、口腔乾燥、粘稠な唾液、歯間部の汚れが認められました。つまり今回の予防では、「誤嚥させない」ことだけではなく、「もし唾液を誤嚥しても、できるだけ口腔内の細菌の量を減らしておく」という視点も重要だと考えました。
対処・介入
- 専門的口腔ケア:歯科衛生士による専門的口腔ケアを行いました。歯だけではなく、舌、歯肉、粘膜、義歯など口腔全体を確認し、ご家族にも毎日の口腔ケア方法を改めてご説明しました。誤嚥性肺炎の予防では、口腔ケアを単なる「歯みがき」と考えないことが大切です。
- 唾液の嚥下を促す声かけ:C様はテレビを見ながら長時間同じ姿勢で過ごすことがあり、その間、声が湿ってくることがありました。そこで、状態を見ながら声かけを行い、唾液の嚥下を促しました。ただし、嚥下障害の程度によって適切な対応は異なりますので、誰にでも同じ方法が適するわけではありません。
- 日中の姿勢を確認する:日中、頭部が前方や横へ大きく傾いたまま眠っていることがありました。食事姿勢だけでなく、普段どのような姿勢で過ごしているのかも確認し、可能な範囲で安定した姿勢をとれるよう環境を調整しました。
- 咳をする力を保つ:C様は咳そのものが弱くなっていたため、全身状態を考慮しながらリハビリテーションスタッフとも連携し、呼吸機能や身体活動の維持について検討しました。誤嚥性肺炎の予防では、「気道へ入れない力」と同時に、「入ってしまったものを外へ出す力」も重要です。
- 全身状態の確認:口腔ケアだけで肺炎を予防できるわけではないため、体重、食事量、水分摂取、活動量、基礎疾患などについても継続して確認しました。誤嚥性肺炎は、複数の要因が重なって発症すると考えることが重要だからです。
経過
口腔管理と日中の姿勢、嚥下への声かけなどを見直して数か月後、口腔内の汚れは減少しました。湿った声がみられる頻度も以前より少なくなりました。ご家族も、食事だけを見るのではなく、一日を通して唾液を飲み込んでいるという視点を持てるようになりました。その後も定期的な口腔管理と嚥下機能の評価を継続しています。肺炎の再発はみられていません。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。この経過から口腔ケアや唾液への対応だけで肺炎を防げたと断定することはできません。しかし、食事中だけを見ていたときには気づかなかったリスクに目を向けられたことは、C様の予防を考えるうえで重要でした。
ご家庭でできる予防のポイント
食事中にあまりむせないのに肺炎を繰り返している方では、食事以外の時間にも注目してみてください。
- 何も食べていないのに声が湿っていないか
- 唾液が口の中にたまっていないか
- よだれが増えていないか
- 痰が増えていないか
- 咳をする力が弱くなっていないか
- 長時間、頭が傾いた姿勢になっていないか
- 口腔内に汚れが多くないか
- 口腔乾燥が強くないか
こうした変化が続く場合には、食事だけでなく唾液や分泌物の処理能力についても専門職へご相談することが大切です。
おわりに
今回の症例で最も大切なポイントは、「誤嚥は食事中だけに起こるものではない」ということです。一日は24時間あります。そのうち食事をしている時間は、合計してもそれほど長くありません。一方、唾液は食事をしていない時間にも存在します。だからこそ誤嚥性肺炎の予防では、朝食・昼食・夕食の3回だけを見るのではなく、その間の時間まで見る必要があります。
そして、唾液の誤嚥を完全になくすことが難しい患者さんでは、口腔環境を整える、嚥下機能を維持する、咳をする力を保つ、栄養状態を守る、身体を動かす。こうした複数の対策を組み合わせながら、肺炎を起こしにくい状態をつくるという考え方が重要になります。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
食事をしていない時間にも、「嚥下」は続いています。「食事ではむせないのに肺炎を繰り返す」。そんな患者さんでは、唾液をきちんと飲み込めているか、声が湿っていないか、咳をする力が残っているか、口腔内が清潔に保たれているか、という視点も重要です。
誤嚥性肺炎の予防では、「何を食べたか」だけでなく、「一日を通して口・喉・呼吸がどう働いているか」を見る必要があります。「食事の誤嚥」だけを見る予防から、「24時間の嚥下」を見る予防へ。そこに、食事中のむせだけでは見つけられない誤嚥性肺炎予防のヒントがあります。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。