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実例

「最近、声が小さくなった」だけだと思っていた ― パーキンソン病の変化から見つかった嚥下機能低下

誤嚥性肺炎のサインは、必ずしも「食事中の激しいむせ」として現れるとは限りません。特にパーキンソン病などの神経疾患では、身体の動きだけでなく、話す、咳をする、飲み込むといった機能にも変化がみられることがあります。今回ご紹介するのは、ご家族が最初に気づいた変化が「むせ」ではなく、声が以前より小さくなったことだったケースです。

なお、パーキンソン病では薬の効果の波と嚥下機能の関係も重要です。その点についてはパーキンソン病に伴う誤嚥性肺炎のケースでご紹介しています。本記事は「以前との違い」をどう見つけるかに絞ってご説明します。

※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。

症例:D様(79歳・男性・仮名)

8年前にパーキンソン病と診断され、奥様と二人で生活していました。歩行は以前よりゆっくりしていましたが、食事は普通食をご自分で食べていました。奥様が最初に気づいたのは、食事ではありませんでした。「最近、主人の声が聞き取りにくくなったんです」。以前は隣の部屋からでも聞こえていた声が、近くにいても聞き返すほど小さくなっていました。

さらに数か月すると、次のような変化もみられるようになりました。

  • 食事時間が長くなった
  • 一口をいつまでも噛んでいる
  • 食後に何度も喉を鳴らす
  • 痰が絡んでも強く咳ができない
  • 錠剤を飲むのに時間がかかる
  • 体重が少しずつ減ってきた

しかし、激しくむせることはほとんどありませんでした。その後、発熱と痰が出現し、肺炎で入院。誤嚥の関与も疑われました。退院後、再発予防のため嚥下機能を含めて評価することになりました。

当院での評価

「むせない」ことより気になったこと

D様の食事場面を確認すると、一口ずつ時間をかければ食べることはできました。しかし、口から喉へ食物を送り込む動作に以前より時間がかかり、飲み込んだ後にも咽頭残留を疑わせる所見がみられました。

さらに気になったのが、咳の弱さです。「一度、強く咳をしてください」とお願いすると、ご本人は咳をしているつもりでも、十分な勢いがありません。誤嚥性肺炎の予防では、気道へ異物を入れないことだけでなく、万一入ってしまったものを咳によって排出できるかという視点も重要です。

一つの変化だけでは判断できない

D様では声量も以前より低下していました。声が小さくなったからといって、それだけで嚥下障害があるとは判断できません。しかし、パーキンソン病などの神経疾患がある方で、声、咳、食事時間、体重など複数の変化が同時に現れてきた場合には、嚥下機能についても確認するきっかけになります。D様の場合も、「むせたかどうか」だけではなく、「以前と比べて何が変わったか」を評価することが重要でした。

対処・介入

  • 主治医と変化を共有する:食事時間、声量、咳、体重などの変化を主治医と共有しました。神経疾患では病状や薬剤の効果によって身体機能が変化することもあるため、嚥下だけを独立して考えず、全身状態と合わせて評価することが大切です。
  • 今の機能に合わせて食事を見直す:「これまで普通食だったから、これからも普通食」とは限りません。その時点の嚥下機能を確認し、食事形態、一口量、食事速度、姿勢などを検討しました。食事の後半には疲労が強くなっていたため、無理に急いで完食することも避けました。
  • 発声・呼吸・咳嗽を含めた訓練:リハビリテーションスタッフと連携し、D様の状態に応じて発声や呼吸、咳嗽なども含めた訓練を検討しました。目標を単に「うまく飲み込む」だけにせず、食べるために必要な複数の機能を維持することとしました。
  • 口腔ケアの継続:口腔内には歯周病と舌苔が認められたため、嚥下機能が低下している可能性があるからこそ、毎日の口腔ケアと定期的な専門的口腔管理を継続しました。
  • 体重の推移を確認する:D様は半年で約3kg体重が減っていました。そこで食事量だけでなく体重の推移も確認し、必要に応じて栄養面からも介入しました。

経過

介入後、食事方法を現在の機能に合わせ、口腔管理、栄養管理、リハビリテーションを継続しました。食事時間は以前より安定し、体重減少にも歯止めがかかりました。ご家族も、むせが出てから相談するのではなく、その前段階の声や咳の変化に目を向けるという視点を持てるようになりました。その後も主治医と連携しながら定期的に状態を確認しています。肺炎の再発はみられていません。

※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。これらの介入だけで肺炎を防げたと断定することはできません。しかし、病気の進行に伴う小さな変化を早めに捉え、予防策を組み合わせることは重要だと考えられました。

ご家庭でできる予防のポイント

パーキンソン病などの神経疾患がある方では、「むせ」だけでなく、次のような変化にも注意してみてください。

  • 声が以前より小さくなった
  • 咳が弱くなった
  • 食事時間が長くなった
  • 食後に喉を鳴らすことが増えた
  • 食事後半になると疲れる
  • 錠剤を飲みにくくなった
  • 食事量が減った
  • 体重が減ってきた

一つだけで嚥下障害と判断することはできません。しかし、複数の変化が重なってきた場合には、「年齢のせい」と決めつけず、主治医や嚥下に関わる専門職へご相談することが大切です。錠剤が飲みにくい場合の考え方は服薬場面を見直したケースもご参照ください。

おわりに

今回の症例で注目したいのは、最初のサインが「むせ」ではなかったことです。声が小さくなった、咳が弱くなった、食べるのが遅くなった、体重が減ってきた。一つひとつは、日常生活の中では見過ごしてしまいそうな変化です。

しかし、それらを「以前との違い」としてつなげて考えることで、嚥下機能低下に気づくきっかけになることがあります。誤嚥性肺炎の予防では、肺炎になってから原因を探すだけではなく、肺炎になる前に現れる小さな変化を見つけることが重要です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。

当院のワンポイント

「むせ始めるまで待つ」のではなく、「以前との違い」を見つける。高齢者や神経疾患のある患者さんでは、声、咳、食事時間、食事量、体重、歩行、活動性などを定期的に見比べることが、嚥下機能の変化を早期に捉える手掛かりになります。

誤嚥性肺炎の予防では、喉だけを診るのではなく、その人が話す、食べる、動くという生活全体の変化を見ることが大切です。「むせを見つける予防」から、「変化を見つける予防」へ。それが、神経疾患のある方ができるだけ長く安全に口から食べ続けるための重要な視点です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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