「食事中はむせない」のに食後に咳が出る ― 食道に残る食べ物から考えた誤嚥性肺炎予防
誤嚥性肺炎の予防というと、口や喉の「飲み込む力」に注目することが多くあります。しかし、食べ物の通り道は喉で終わりではありません。口から飲み込んだ食べ物は、口、咽頭、食道、胃へと送られていきます。そのため、口や喉の嚥下機能には大きな問題がなくても、食道を食べ物がスムーズに通過しないことで、食後にさまざまな症状が現れる場合があります。
今回ご紹介するのは、食事中にはほとんどむせないにもかかわらず、食後しばらくしてから咳や痰が出るようになり、肺炎を発症したケースです。
なお、胃の内容物が上がってくる「逆流」については、胃食道逆流と夜間の誤嚥に注目したケースと胃食道逆流と就寝姿勢を見直したケースでご紹介しています。本記事はそれとは異なり、飲み込んだ食べ物が食道を下りていく過程に目を向けます。
※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。
症例:J様(85歳・男性・仮名)
奥様と二人で生活していました。高血圧などで内科へ通院していましたが、日常生活はほぼ自立しており、食事も普通食をご自分で食べています。ところが半年ほど前から、少し気になる変化が現れました。
食事中にはほとんどむせません。水やお茶も普通に飲むことができます。しかし食事を終えて10〜20分ほどすると、「なんだか胸のあたりに残っている感じがする」と言うことが増えました。さらに、次のような変化もみられるようになりました。
- 食後に何度も咳払いをする
- 食後しばらくして痰が増える
- 肉やパンを食べると胸につかえる感じがする
- 一度飲み込んだものが戻ってくるように感じる
- 食事量が少しずつ減ってきた
奥様は「年を取って食べるのが遅くなっただけだと思っていました」と話されました。その後、J様は発熱と咳で医療機関を受診し、肺炎と診断されました。経過から誤嚥の関与も考えられたため、肺炎の治療後に嚥下機能について当院へご相談されました。
当院での評価
まず食事中の嚥下を確認しました
食事場面を確認すると、口の中で食べ物を処理する機能には年齢相応の変化がみられたものの、一口量を調整すれば比較的安定して飲み込むことができました。水分でも大きなむせはありません。ご家族が話していた通り、「食事中だけを見ると、大きな問題がないように見える」状態でした。そこで、評価の時間を食事終了後まで延ばしました。
食事を終えてしばらくすると、J様は胸の中央付近を指して、「ここに何か残っている感じがする」と訴えました。その後、数回の咳払いもみられました。ここで、咽頭の嚥下機能だけでなく、食道の通過についても医学的な評価が必要ではないかと考えました。
「つかえる」ときは、場所と時間を聞く
「食べ物がつかえる」と訴えがあったときには、その場所を具体的に伺うことが大切です。首のあたりなのか、胸のあたりなのか。飲み込んだ瞬間なのか、少し時間が経ってからなのか。固形物だけなのか、水分でも起こるのか。こうした情報によって、考えるべき原因が変わることがあります。
食道の通過障害にはさまざまな原因があり、症状だけから原因を決めることはできません。そのためJ様については、主治医へ経過を報告し、必要な専門的評価を受けていただくことになりました。
対処・介入
- 歯科だけで解決しようとしない:最も重要なのは、「嚥下の問題だから、すべて歯科や嚥下訓練で解決する」と考えないことでした。食道の通過に問題が疑われる場合には、その原因を医学的に確認する必要があります。そこで主治医と情報を共有し、必要に応じて消化器領域での評価を受けていただくことになりました。
- 日常の食べ方を見直す:J様は以前と同じ一口量で食べていましたが、最近は食事を急ぐこともありました。そこで一口量を調整し、よく噛んでから次の一口へ進むようにしました。
- 食後の過ごし方を見直す:食後には一定時間、無理のない範囲で上体を起こして過ごすようにしました。ただし、どの程度の時間や姿勢が適切かは全身状態によって異なるため、一律に決めるのではなく、主治医などと相談しながら対応しました。
- 食後の様子も観察していただく:ご家族には、食事中だけでなく食後の様子も確認していただきました。特に、食後の咳、痰、つかえ感、声の変化、食べ物が戻る感覚などを観察していただきました。
- 口腔・栄養も継続して確認する:食道の問題が疑われても、口腔ケアが不要になるわけではありません。また、つかえ感から食事量が減れば、低栄養や筋力低下につながる可能性もあります(サルコペニア・低栄養が背景にあったケースもご参照ください)。そこで、口腔環境、食事量、体重、嚥下機能についても継続して確認しました。
経過
専門医による評価を受けながら、食事方法や食後の過ごし方を見直しました。数か月後には、胸に食べ物が残る感覚の訴えが以前より少なくなり、食後の咳払いも減少しました。食事量も徐々に安定しました。ご家族とも、飲み込んだ瞬間だけでなく、食後の様子まで見ることの大切さを共有できました。その後も主治医と連携しながら、口腔、嚥下、食道症状、栄養状態を継続して確認しています。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。J様の肺炎が食道の問題だけによって起きたと断定することはできません。しかし、食事中の嚥下だけを評価していたら見逃していた可能性のある問題に気づけたことは、再発予防を考えるうえで重要でした。
ご家庭でできる予防のポイント
高齢のご家族が食事中にはむせていなくても、次のような症状がないか確認してみてください。
- 食後になって咳が出る
- 食後に痰が増える
- 「胸につかえる」と言う
- 肉やパンなど特定の食品を避けるようになった
- 一度飲み込んだものが戻る感じがある
- 食事量が減ってきた
- 食事に以前より時間がかかる
- 体重が減ってきた
特に、つかえ感が続く、徐々に悪化する、体重が減る、痛みを伴うなどの変化がある場合には、「年齢のせい」と決めつけず、早めに医療機関へご相談ください。
おわりに
誤嚥性肺炎の予防では、どうしても「喉」に注目しがちです。しかし食べるという行為は、口で噛み、喉で飲み込み、食道を通り、胃へ届くという連続した動きです。どこか一部分だけを見て、「ここは大丈夫だから問題ありません」とは言い切れない場合があります。
特に重要なのは、症状がいつ現れるのかを見ることです。飲み込んだ瞬間なのか、食事後半なのか、食事が終わって10分後なのか、夜眠っているときなのか。この「時間軸」を加えることで、これまで見えなかった問題が見えてくることがあります。食べる前から、食べている最中、飲み込んだ後までを見る。患者さんの「食べる」という一連の流れを理解することが大切です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
「飲み込めた」で観察を終わらせない。食事中にむせなくても、食後に咳が出る、胸につかえる、痰が増える、食べ物が戻る感じがするといった変化があれば、食道を含めた評価が必要になる場合があります。誤嚥性肺炎の予防では、口腔、咀嚼、咽頭、食道、胃という食べ物の通り道全体を考えることが重要です。
「飲み込む瞬間を見る」から、「食べ物が安全に胃へ届くまでを見る」へ。食後の何気ない一言にも、繰り返す肺炎を予防するための重要なヒントが隠れていることがあります。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。