「食後の歯磨きはできていた」のに ― 就寝前の口腔ケアを見直した誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎の予防では、口腔ケアが重要であることは広く知られるようになってきました。そのため、ご家族から「毎食後、きちんと歯を磨いています」と伺うことも増えています。ところが、口腔ケアを行っているからといって、そのタイミングまで十分に考えられているとは限りません。
今回ご紹介するのは、朝食後と昼食後には丁寧に歯磨きをしていたものの、夕食後はそのまま眠ってしまうことが多かったケースです。注目したのは「一日に何回磨いているか」ではなく、「一日の最後に、どのような口腔状態で眠りにつくのか」という点でした。
なお、睡眠中に唾液などを誤嚥する仕組みそのものは睡眠中の唾液の誤嚥に注目したケースで詳しくご紹介しています。本記事は口腔ケアを「いつ行うか」に絞ってご説明します。
※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。
症例:H様(91歳・女性・仮名)
娘さんご夫婦と自宅で生活していました。軽度の認知機能低下があり、日中はほとんど椅子に座って過ごしていました。食事は軟らかく調整したものをご自分で食べることができます。
娘さんは誤嚥性肺炎の予防についてよく勉強しておられ、口腔ケアにも熱心でした。朝食後と昼食後には必ず歯磨きを行い、義歯も洗浄していました。ところがこの1年間に2回肺炎を発症し、誤嚥の関与も疑われました。娘さんは「口の中はかなりきれいにしているつもりなのですが、何がいけないのでしょうか」と話されました。
そこで一日の生活を詳しく伺っていくと、ある習慣が分かりました。H様は夕食を食べ終えると強い眠気を訴え、ソファでうとうとすることが増えていました。娘さんも「眠そうだから、歯磨きは明日の朝でいいか」と、そのままベッドへ移すことがありました。つまり朝と昼には丁寧な口腔ケアをしていた一方で、夕食後から翌朝まで口腔ケアをしない日が少なくなかったのです。
当院での評価
昼間の口腔内は比較的きれいでした
診察時のH様の口腔内は比較的良好に管理されており、診察室で口の中を見ただけでは大きな問題は見つかりません。しかし娘さんに「朝起きた直後の口の中はどうですか」と尋ねると、「そういえば朝はかなりネバネバしています」とのことでした。義歯を入れたまま眠ってしまった翌朝には、義歯の周囲に汚れが残っていることもありました。
ここで重要なのは、診察時の口腔状態と24時間の口腔状態は同じではない、という点です。
「何回磨くか」だけではなく「いつ磨くか」
食事をしていない夜間にも、口腔内には唾液や分泌物があります。高齢者では嚥下機能や咳反射が低下し、睡眠中に唾液などが少量ずつ気道へ流入する可能性も考えられます(詳しくは睡眠中の唾液の誤嚥に注目したケースをご覧ください)。
H様の場合、口腔ケアの回数そのものが極端に少なかったわけではありません。問題になったのは生活リズムとの組み合わせでした。朝食後、昼食後までは丁寧に磨いていても、夕食後にそのまま眠ってしまえば、食物残渣などが残った状態で長時間過ごすことになります。そこで、口腔ケアの回数だけでなく就寝前の状態を重視する方針に変更しました。
もちろん、就寝前に歯磨きをしなかったことがH様の肺炎の直接的な原因だったと断定することはできません。誤嚥性肺炎は、嚥下機能、口腔環境、栄養状態、全身状態など複数の要因が関係するからです。しかし「夜間に唾液などを誤嚥する可能性があるのであれば、眠る前の口腔内をできるだけ清潔にしておく」という考え方は、予防策の一つとして重要です。
対処・介入
- 就寝前の口腔ケアを優先する:まず娘さんには「すべての食後に完璧なケアをしなければならない」と考えすぎず、H様の生活の中で特に就寝前の口腔ケアを忘れないようお願いしました。歯だけでなく、舌、歯肉、粘膜、義歯なども確認しました。
- 夕食後すぐにケアする:これまでは夕食のあと休憩してから歯磨きという順番でしたが、休憩しているうちにH様が眠ってしまいます。そこで、夕食が終わったら眠くなる前に口腔ケアを行うよう生活の順番を変更しました。H様の生活には無理なく取り入れられる工夫でした。
- 義歯の夜間管理を見直す:義歯を装着したまま眠ることがあったため、義歯と口腔内の状態を確認し、歯科医師の指示のもと夜間の管理方法を見直しました。義歯そのものの清掃方法についてもあらためてご説明しました(義歯をお使いの方の口腔ケアは総義歯と舌の汚れから考えたケースもご参照ください)。
- 朝食前にも口腔内を確認する:朝起きたときに口腔内が強く乾燥していたり汚れが目立ったりする場合には、朝食前にも口腔状態を確認するようにしました。「朝食を食べた後に磨けばよい」と一律に考えるのではなく、食べる前の口腔環境にも目を向けることにしました。起床時の乾燥が強い場合の考え方は唾液が出にくくなっていたケースでも取り上げています。
- 嚥下機能・栄養・活動量も確認する:就寝前の口腔ケアだけで肺炎を予防できるわけではありません。H様についても、嚥下機能、食事量、体重、咳をする力、日中の活動量などを継続して確認しました。誤嚥性肺炎の予防では、一つの対策だけに頼らないことが大切です。
経過
夕食後すぐに口腔ケアを行う習慣へ変更すると、就寝前のケアを忘れる日はほとんどなくなりました。義歯の管理も安定し、起床時の強い口腔内のネバつきも以前より少なくなりました。ご家族とも、口腔ケアの回数ではなく、清潔な状態で夜を過ごすという考え方を共有できました。その後も定期的な専門的口腔管理と嚥下機能の評価を継続しています。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。この経過だけから就寝前の口腔ケアによって肺炎を防げたと断定することはできません。しかしH様では、生活時間に合わせて口腔ケアを設計することが、再発予防を考えるうえで重要な改善点となりました。
ご家庭でできる予防のポイント
高齢のご家族の口腔ケアでは「一日何回磨いているか」だけでなく、次のような点も確認してみてください。
- 夕食後そのまま眠っていないか
- 就寝前に食物残渣が残っていないか
- 義歯を入れたまま眠っていないか
- 朝起きたとき口が強くネバついていないか
- 起床時に口臭が強くなっていないか
- 舌や粘膜にも汚れがないか
- 夜間に口腔乾燥が強くなっていないか
口腔ケアの方法や義歯の管理方法は、患者さんの状態によって異なります。分からない場合には歯科医師や歯科衛生士へご相談ください。
おわりに
誤嚥性肺炎の予防として口腔ケアを考えるとき、「歯を磨いていますか」だけでは十分ではありません。もう一歩進んで「いつ磨いていますか」と考えることが大切です。
人の口腔環境は、食事をする、水分を摂る、会話をする、眠る、口が乾燥する、唾液を飲み込む、といった生活の中で絶えず変化しています。だからこそ口腔ケアも「一日3回」という回数だけではなく、患者さんの生活時間に合わせて考える必要があります。特に就寝前は、一日の口腔ケアを締めくくる重要な時間です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
口腔ケアは「何回するか」だけでなく「いつするか」も考える。朝と昼にきれいに磨いていても、夕食後そのまま眠っていないか、義歯を入れたまま眠っていないか、朝の口が強く汚れていないか、一度確認してみてください。
特に高齢の方では、夕食後に眠気が強くなり、就寝前の口腔ケアが抜けてしまうことがあります。その場合には「寝る直前に磨く」ことにこだわらず、「夕食が終わったら早めにケアする」という生活上の工夫もできます。誤嚥性肺炎の予防を、「正しい歯磨き」から「24時間の口腔管理」へ。患者さんの生活リズムに合わせて口腔ケアを考えることが、無理なく予防を続けるための大切なポイントです。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。