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実例

腸肺軸(Gut-Lung Axis)の視点から考える誤嚥性肺炎 ― なぜ同じように誤嚥しても肺炎になる人とならない人がいるのか

これまで、誤嚥性肺炎のさまざまな原因についてご紹介してきました。脳卒中後遺症パーキンソン病認知症サルコペニア・低栄養口腔機能低下症糖尿病COPD胃食道逆流症薬剤性嚥下障害といった背景疾患のほか、介護施設在宅療養での発症、くり返すケース胃ろう造設後のケースも取り上げてきました。

しかし、日々の診療の中で、私たちは一つの疑問を感じることがあります。「同じ程度の誤嚥があっても、肺炎になる人と、ならない人がいるのはなぜだろう」。近年、この疑問を説明する新しい考え方として注目されているのが、腸肺軸(Gut-Lung Axis)です。本症例は、現在の研究成果を踏まえながら構成した典型的な複合症例です。

症例:O様(84歳・男性・仮名)

軽度の脳梗塞後遺症があり、食事中に時々むせることがありました。嚥下内視鏡検査(VE)では軽度の咽頭残留を認めましたが、大きな誤嚥は確認されませんでした。同程度の嚥下機能の方が肺炎をくり返すことがある一方で、O様は5年以上、一度も誤嚥性肺炎を発症していませんでした。

その後、長期間の抗菌薬投与を受けたあとから、次の症状が出現しました。

  • 食欲低下
  • 下痢
  • 全身倦怠感

そしてその数週間後に、初めて誤嚥性肺炎を発症しました。嚥下機能は大きく変わっていないのになぜ肺炎になったのか——そこから、私たちは宿主側(患者さん自身の身体側)の変化にも目を向けました。

当院での評価

嚥下機能評価

VEでは以前と大きな変化はなく、嚥下エコーでも舌骨運動や嚥下機能は比較的保たれていました。つまり「嚥下機能の悪化だけでは説明できない肺炎」という印象でした。

栄養状態

評価では、体重減少、食欲低下、筋力低下が認められました。

腸内環境を考える視点

詳しく経過を確認すると、肺炎発症前に抗菌薬を長期間使用しており、その後から便通異常や食欲低下が続いていました。現在、腸内細菌叢(腸内フローラ)は免疫機能や全身の炎症反応に深く関わることが明らかになりつつあります。また、腸内環境の変化が肺の免疫にも影響するという腸肺軸(Gut-Lung Axis)の概念が、近年注目されています。本症例でも、嚥下機能だけでなく、こうした全身状態の変化が肺炎発症に関与した可能性が考えられました。

※ 現時点では、個々の患者さんにおいて腸肺軸が誤嚥性肺炎の直接の原因であることを証明することはできません。今後の研究が期待される分野です。当院が腸内環境を対象とした特別な治療を行うものではありません。

対処・介入

嚥下機能の改善だけではなく、全身状態の改善を目標に介入しました。

  • 栄養管理:管理栄養士と連携し、十分なたんぱく質、エネルギー、水分の摂取を見直しました。
  • 運動療法:理学療法士による筋力維持訓練を開始しました。適度な運動は腸の働きや全身状態の改善にもつながることが期待されています。
  • 口腔ケア:歯科衛生士による専門的口腔ケアを継続しました。口腔内の細菌を減らすことは、誤嚥性肺炎予防の基本です。
  • 多職種による継続評価:嚥下エコーや口腔機能の評価を定期的に行いながら、全身状態の変化についても継続して観察しました。

経過

約8か月後には体重が回復し、活動量も改善しました。その後は誤嚥性肺炎の再発なく経過しています。もちろん、この改善が腸内環境の変化によるものと断定することはできません。しかし「嚥下機能だけを見るのではなく、患者さん全体を診ること」の重要性を改めて感じた症例でした。

※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。ここで述べた腸内環境との関連はあくまで可能性であり、確立された因果関係を示すものではありません。

ご家庭でできる予防のポイント

  • バランスの良い食事を心掛ける
  • 十分なたんぱく質を摂取する
  • 適度な運動を続ける
  • 便通や食欲の変化にも注意する
  • 毎日の口腔ケアを継続する
  • むせだけでなく、全身状態の変化も医療者へ伝える

おわりに

これまで誤嚥性肺炎は、「誤嚥によって細菌が肺へ入る病気」と説明されることが一般的でした。もちろん、その考え方は現在でも重要です。しかし近年では、「なぜ誤嚥しても肺炎になる人とならない人がいるのか」という宿主側の要因にも注目が集まっています。

腸内細菌叢、免疫機能、栄養状態、筋力、全身の炎症反応など、多くの要素が互いに影響し合いながら誤嚥性肺炎の発症に関与している可能性が示唆されています。腸肺軸(Gut-Lung Axis)は、まだ研究が進められている分野ですが、誤嚥性肺炎の予防を考えるうえで新しい可能性を示す概念です。私たちは、「誤嚥を防ぐ医療」だけではなく、「肺炎を起こしにくい身体をつくる医療」も、これからの誤嚥性肺炎予防には重要であると考えています。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。

当院のワンポイント

誤嚥性肺炎は、「誤嚥」だけでは説明できない病気かもしれません。口腔環境、嚥下機能、栄養状態、筋力、呼吸機能、そして腸内環境や免疫機能まで含めて総合的に評価することが、これからの誤嚥性肺炎予防につながると考えています。

腸肺軸はまだ発展途上の研究分野ですが、私たちは新しい知見も踏まえながら、患者さん一人ひとりに合わせた予防に取り組んでいます。「肺炎を治す医療」から、「肺炎を起こさせない医療」へ。それが、私たちの目指す誤嚥性肺炎予防です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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