「退院したから元の食事へ戻していい」と思っていた ― 退院後の食事は「今、何を安全に食べられるか」から考える
誤嚥性肺炎で入院し、治療によって熱も下がり、無事に退院できた。ご本人にとっても、ご家族にとっても、ほっとする瞬間です。ところが、ここで注意したいことがあります。「肺炎が治ったこと」と「肺炎になる前の身体に完全に戻ったこと」は、必ずしも同じではありません。高齢の方では、数日から数週間の入院でも、病気そのものや安静、食事量の低下などが重なり、身体の筋力や活動性が低下することがあります。
今回ご紹介するのは、誤嚥性肺炎から退院した後、「元気になったから」と入院前と同じ生活・食事へすぐに戻したところ、食事中の様子が変化していたケースです。注目したのは喉だけではありません。「入院によって患者さん全体がどう変わったのか」という視点でした。
なお、入院をきっかけにした体力・筋力の低下(廃用)そのものについては入院後の廃用が再発リスクになったケースでご紹介しています。本記事は退院後の食事を、どのように戻していくかに絞ってご説明します。
※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。
症例:K様(89歳・男性・仮名)
娘さんご夫婦と自宅で生活していました。肺炎になる前は杖を使えば家の中を歩くことができ、食事も普通食をご自分で食べていました。ある冬、発熱と咳が続き入院。肺炎と診断され、臨床経過などから誤嚥の関与も疑われました。治療によって肺炎は改善し、約2週間後に退院しました。
ご家族は「病院から帰ってきたのだから、また元の生活に戻せばいい」と考え、退院翌日から、肺炎になる前とほぼ同じ食事を用意しました。ところが、以前とは様子が違います。
- 一口食べるのに時間がかかる
- 途中から箸が止まる
- 食事の後半になると身体が傾く
- ときどき水分でむせる
娘さんは「入院前は普通に食べていたのに、どうしてでしょう」と心配になり、当院へご相談されました。
当院での評価
まず気になったのは「身体全体の変化」でした
K様に椅子から立ち上がっていただくと、入院前よりかなり時間がかかりました。歩行も不安定になっています。娘さんによると、入院前にはご自分でトイレへ行っていましたが、退院直後は付き添いが必要になっていました。体重を確認すると、入院前より約2kg減少していました。つまり、肺炎は改善していても、K様の身体機能は入院前と同じ状態ではなかったのです。
食事というと、口や喉だけを使っているように思われるかもしれません。しかし実際には、姿勢を保ち、箸やスプーンを持ち、噛み、舌を動かし、飲み込み、呼吸し、咳をする、こうした多くの機能を使っています。つまり、食べることも一つの全身運動と考えることができます。全身の筋力や持久力が低下すれば、食事の後半に疲れて姿勢が崩れたり、飲み込みが不安定になったりする可能性があります。
「入院前に普通食だった」で今の食事を決めない
K様の嚥下機能を確認すると、入院前より一口を処理するまでに時間がかかっていました。特に食事後半になると疲労が目立ちます。咳をしても、以前より力が弱くなっていました。
ここで重要だったのは、「入院前に普通食だった」という過去の情報だけで、現在の食事を決めないことでした。退院時点のK様の身体機能と嚥下機能に合わせ、もう一度食事方法を考える必要がありました。
対処・介入
- 今の機能に合わせて食事を見直す:まず、現在の嚥下機能に合わせて食事形態、一口量、食べる速度などを見直しました。目標は「早く元の食事へ戻すこと」ではなく、「安全に必要な栄養を摂ること」としました。状態が改善すれば、再び食事形態を見直すこともできます。
- 食事の途中の変化を見る:ご家族には、食事開始時だけではなく、10分後、20分後の様子も観察していただきました。姿勢が崩れる、箸が止まる、呼吸が速くなる、むせが増える、こうした変化が出た場合には、無理に食事を続けないようにしました。
- 日常の動作を少しずつ取り戻す:主治医やリハビリテーションスタッフと連携し、K様の全身状態に合わせて身体活動を徐々に増やしました。ベッドから起きる、椅子に座る、立つ、歩く、こうした日常生活の動作を取り戻していくことも、長期的には「食べる力」を支える重要な要素です。
- 食事量と体重を確認する:体重減少があったため、食事量と体重を継続して確認しました。食べる量が少ない状態が続けば、さらに筋力が低下し、食べることが難しくなる悪循環につながる可能性があります。必要に応じて管理栄養士などとも連携しました。
- 口腔ケアを後回しにしない:退院直後は、ご家族も歩行や服薬などへの対応で忙しく、口腔ケアが後回しになりがちでした。しかし、身体機能や嚥下機能が低下している時期だからこそ、口腔環境を整えておくことも大切です。そこで毎日の口腔ケアと定期的な専門的口腔管理を継続しました。
経過
退院後数か月にわたり、嚥下機能、栄養、身体活動、口腔環境を確認しながら支援を続けました。K様は徐々に歩行が安定し、食事中に姿勢を保てる時間も長くなりました。食事量も回復し、体重減少にも歯止めがかかりました。食事形態についても、その時点の機能を確認しながら段階的に調整しました。ご家族とも、退院で治療が終わるのではなく、ご自宅で身体を戻していく期間も大切だという考え方を共有できました。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。こうした介入によって肺炎を完全に防げるとは言えません。しかしK様では、退院直後を元通りになった時期ではなく、再び生活機能を整えていく時期と考えたことが、再発予防を考えるうえで重要でした。
ご家庭でできる予防のポイント
高齢のご家族が肺炎などで入院した後は、入院前と退院後を比べてみてください。
- 以前より歩く速度が遅くなっていないか
- 椅子から立ち上がりにくくなっていないか
- 食事時間が長くなっていないか
- 食事後半に疲れていないか
- 水分でむせるようになっていないか
- 咳をする力が弱くなっていないか
- 食事量が減っていないか
- 体重が減っていないか
特に重要なのは、「入院前にできていたから、今もできるはず」と考えないことです。食事の様子が明らかに変わった場合には、主治医や嚥下に関わる専門職へご相談ください。
おわりに
誤嚥性肺炎では、肺炎になる、入院する、治療する、退院する、そこで「治った」と考えがちです。しかし、高齢の方ではその間に、食べない、動かない、筋力が落ちる、さらに食べにくくなる、さらに動けなくなるという悪循環が起きることがあります。だからこそ、誤嚥性肺炎の予防では、肺炎を治療した後まで見ることが重要です。
口腔、嚥下、栄養、呼吸、筋力、身体活動。これらを再び整えながら、生活を取り戻していく。誤嚥性肺炎の再発予防は、退院した瞬間に終わるのではありません。むしろ、退院後こそ次の肺炎を防ぐための重要な時期と考えることができます。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
「退院=元通り」とは限りません。肺炎から退院した高齢の方では、食べる力、咳をする力、座る力、歩く力、必要な栄養を摂る力、そのすべてが入院前より低下していないか確認することが大切です。そして食事についても、「以前何を食べていたか」ではなく、「今、何を安全に食べられるか」から考えます。
誤嚥性肺炎の予防を、「肺炎を治す医療」から「肺炎の後の生活まで立て直す医療」へ。退院後の数週間から数か月をどう過ごすかも、次の誤嚥性肺炎を予防するための大切な視点です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。