「熱が出ないから肺炎ではない」と思っていた ― 高齢者の「いつもと違う」から見つかった誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎というと、「高熱が出る」「激しく咳き込む」「痰がたくさん出る」といった症状を想像する方が多いのではないでしょうか。ところが高齢者では、肺炎を発症していても、若い人のような典型的な症状がはっきり現れないことがあります。
今回ご紹介するのは、食事中のむせも高熱も目立たず、ご家族が最初に気づいたのが「なんとなく元気がない」という変化だったケースです。誤嚥性肺炎を重症化させないためには、誤嚥そのものを減らす予防と同時に、肺炎の小さな兆候を早く見つけることも重要です。なお、嚥下機能そのものの低下を早期に捉える視点については声や咳の変化から気づいたケースでご紹介しています。本記事は肺炎が起こり始めたときのサインに絞ってご説明します。
※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。
症例:E様(92歳・女性・仮名)
娘さんご夫婦と自宅で生活していました。軽度の認知機能低下がありましたが、家の中は歩行器を使って移動し、食事もほぼご自分で食べることができていました。
ある日、娘さんが「今日はずいぶん静かだな」と感じました。普段なら朝食後にテレビを見ながら話をするのですが、その日は椅子に座ったまま目を閉じています。朝食も半分ほど残していました。体温を測ると36.9℃で、高熱ではありません。咳もほとんどありませんでした。「昨日少し疲れたのかな」と、その日は様子を見ることにしました。
翌日も37.1℃でしたが、食事量はさらに減り、トイレまで歩くのを嫌がるようになりました。娘さんが「何かおかしい」と感じて医療機関へ相談したところ、検査の結果、肺炎が認められ、臨床経過などから誤嚥の関与も疑われました。肺炎の治療後、再発予防について当院へご相談されました。
当院での評価
「熱は何度でしたか?」だけでは分からない
ご家族から経過を詳しく伺いました。最も印象的だったのは、発熱そのものではありません。肺炎が判明する前から、次のような変化が出ていました。
- 食事量が減った
- 会話が少なくなった
- 昼間に眠る時間が増えた
- 歩きたがらなくなった
- いつも楽しみにしているテレビを見なくなった
どれも単独では肺炎に特有の症状ではありませんが、「普段のE様とは明らかに違う」という共通点がありました。
「元気がない」の原因は一つではない
高齢者では、感染症があっても高熱などの典型的な症状が目立たない場合があります。もちろん、「元気がない=誤嚥性肺炎」というわけではありません。脱水、薬剤、尿路感染症、心疾患、脳血管障害など、さまざまな原因が考えられます。だからこそ大切なのは、原因をご家庭で決めつけることではなく、普段との違いに気づくことです。
誤嚥しても咳として現れないことがある
肺炎が改善した後に嚥下機能を確認すると、水分摂取時に嚥下のタイミングが遅れる場面がありました。さらに、強くむせることは少なく、咳の力も低下していました。つまりE様では、誤嚥しても分かりやすい咳として現れない可能性も考える必要がありました。そこで、肺炎を防ぐ対策だけでなく、肺炎の兆候を早期に発見する方法をご家族と共有することにしました。
対処・介入
- 体温以外もざっくり把握する:ご家族には、体温だけを見るのではなく、食事量、会話、活動量、睡眠、痰、呼吸などを普段から大まかに把握していただくようにしました。細かな記録を毎日つける必要はありません。大切なのは、「今日はいつもと違う」と気づけることです。
- 食事量の変化を目安にする:E様では、発熱より先に食事量が低下していました。そこで、「いつもの7〜8割程度食べていた人が急に半分以下になった」など、明らかな変化が続く場合には注意することにしました。食欲低下だけで肺炎とは判断できませんが、体調変化を示す重要な情報の一つになります。
- 呼吸の様子を見る:激しい咳がなくても、呼吸がいつもより速い、息苦しそう、会話途中で息をつく、痰が増えた、顔色が悪いなどの変化がないか確認していただきました。明らかな呼吸困難や意識状態の変化などがある場合には、早めの医療機関への相談が必要です。
- 予防そのものも継続する:早期発見だけでは肺炎予防にはなりません。E様の嚥下機能に合わせて食事姿勢や一口量などを見直し、毎日の口腔ケアと定期的な専門的口腔管理も継続しました。
- 肺炎後の体力を戻す:肺炎後は以前より歩く量が減っていたため、体調を確認しながら日常生活で身体を動かす機会を徐々に取り戻し、体重や食事量についても継続して確認しました(入院後の廃用が再発リスクになったケースもご参照ください)。
経過
その後、ご家族は体温だけではなく「普段との違い」を意識するようになりました。数か月後、E様の食欲が急に低下し、いつもより痰が増えた日がありました。高熱はありませんでしたが、娘さんは前回と似ていると感じ、早めに主治医へ相談しました。結果として大きな肺炎には至らず、以前のように発熱を待たずに動けたことが早期の対応につながりました。E様はその後も口腔管理、嚥下機能、栄養状態、活動量を確認しながら在宅生活を続けています。
※ 経過には個人差があり、状態や基礎疾患によって異なります。ここで挙げた変化は誤嚥性肺炎に特有のものではなく、これだけで肺炎と判断できるものではありません。気になる変化があるときは自己判断せず、医療機関へご相談ください。
ご家庭でできる予防のポイント
高齢のご家族では、体温だけでなく次のような変化にも注意してみてください。
- 急に食事量が減った
- いつもより眠っている
- 会話が少なくなった
- 歩きたがらなくなった
- 痰が増えた
- 呼吸がいつもより速い
- ぼんやりしている
- 普段できていたことを急にしなくなった
これらは誤嚥性肺炎だけにみられる症状ではありません。しかし、複数の変化が急に現れたり、状態が悪化したりする場合には、「年齢のせい」と決めつけず医療機関へご相談することが大切です。
おわりに
誤嚥性肺炎の予防には、二つの視点があります。一つは、肺炎そのものを起こしにくくすること。口腔ケア、嚥下機能、栄養、身体活動、呼吸機能などを整えていくことです。そしてもう一つは、もし肺炎が起こり始めても、できるだけ早く気づくこと。高齢者では、「高熱が出るまで待つ」という考え方では発見が遅れる場合があります。そのために最も重要な情報を持っているのは、毎日一緒に暮らしているご家族や介護者かもしれません。
昨日まで食べていた人が食べない。いつも話している人が話さない。毎朝歩いている人が歩かない。そうした小さな変化には、検査の数字だけでは分からない重要な情報が含まれています。誤嚥性肺炎を予防することと、早く見つけること。その両方を考えることが、高齢者を肺炎から守るためには重要です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
「何度の熱が出たか」だけでなく、「いつものその人と違うか」を見る。高齢者の誤嚥性肺炎では、分かりやすい症状がそろうとは限りません。だからこそ、食べる、話す、歩く、眠る、呼吸するという毎日の生活そのものが、大切な観察項目になります。
私たちは、肺炎予防を「むせを防ぐこと」だけとは考えていません。口腔・嚥下・栄養・活動・呼吸を守りながら、異変を早く見つける。「症状が出るまで待つ予防」から、「いつもとの違いに気づく予防」へ。それも、誤嚥性肺炎の重症化や再発を防ぐための大切な視点です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。