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実例

「むせるのは食事の最後だけ」― 疲労による嚥下機能の変化を見逃さない誤嚥性肺炎予防

「最初は普通に食べられるんです」「でも、食事の最後になると咳が増えるんです」。嚥下の機能を評価するとき、最初の数口だけを見て「問題なさそう」と判断してしまうことがあります。しかし、高齢の方では食事を続けること自体が運動です。食事時間が長くなるにつれて姿勢が崩れたり、噛む力や飲み込む動作が不安定になったりする方もいます。

今回ご紹介するのは、食事開始時にはほとんどむせないのに、食事後半になるとむせや咳払いが増えていたケースです。ポイントは、「何を食べたときにむせるか」ではなく、「いつむせるのか」でした。

なお、食事後半の変化には、別の原因が関わる場合もあります。椅子やテーブルが身体に合っていない場合は足元から見直したケース、介助のペースが関わる場合は食事介助のペースのケース、途中で眠くなる場合は覚醒状態の変化のケースでご紹介しています。本記事は一食を最後まで見ることと、食事の最後のお茶に絞ってご説明します。

※ 本症例は、臨床でみられる状況を参考に構成した架空の複合症例です。

症例:A様(87歳・男性・仮名)

奥様と二人で自宅生活を送っていました。数年前に脳梗塞を発症していましたが、現在は杖を使えば室内を移動でき、食事もご自分で摂っていました。食事は軟らかめの普通食です。奥様によると「最初のうちは普通に食べています。だから飲み込みはそれほど悪くないと思っていました」とのことでした。

ところが最近、夕食になると食事の最後に「ゴホッ、ゴホッ」と咳をすることが増えていました。特に汁物やお茶を最後に飲んだときに目立ちます。A様ご自身は「最後だから急いで飲むだけだよ」とあまり気にしていませんでした。その後、A様は肺炎を発症しました。治療を受けた際に誤嚥の関与も疑われたため、退院後、再発予防について当院へご相談されました。

当院での評価

最初の10分間は比較的安定していました

実際の食事場面を確認しました。食事開始時の姿勢は良好です。一口量も極端に多くありません。最初の10分ほどは、ほとんどむせることなく食べることができました。ところが20分を過ぎたころから、次のような変化が現れました。

  • 背中が丸くなる
  • 椅子の前方へ身体がずれる
  • 一口を飲み込んだ直後に次の一口を口へ運ぶ
  • 食べ物がまだ口に残っている状態でお茶を飲む

そして、食事後半になると咳払いが増えました。

食事は何十分も続く「運動」

食事は、私たちが思っている以上に多くの機能を使います。姿勢を保つ、箸やスプーンを動かす、噛む、舌で食べ物をまとめる、飲み込む、呼吸する。これを何十分も繰り返します。高齢の方や体力が低下している方では、食事の後半になると疲労し、これらの動作が変化することがあります。

もちろん、「疲れたから誤嚥した」と単純に断定することはできません。しかしA様では、食事開始時と後半で明らかに食べ方が変化していたため、食事全体を通して評価する必要があると考えました。

特に注目したのは「最後のお茶」

A様には、「食後にお茶を飲んで口の中を流す」という習慣がありました。食事後半で疲れている、姿勢も少し崩れている、口腔内には食べ物が残っている。その状態で、比較的多めのお茶を一気に飲んでいました。奥様は「お茶で口の中をきれいにしていると思っていました」と話されました。しかし、食事の最後だから安全なのではありません。むしろ、食事後半はその方の疲労状態も含めて観察する必要があります。

対処・介入

  • 食事時間を長引かせすぎない:A様は一食に45〜50分かかっていました。そこで、現在の咀嚼・嚥下機能に合った食事内容を検討し、必要以上に長時間の食事にならないよう調整しました。「ゆっくり食べる」ことは大切ですが、長ければ長いほど安全というわけではありません。
  • 食事の途中でも姿勢を確認する:食事開始時に姿勢を整えるだけでなく、途中でも確認するようにしました。特に、身体がずれていないか、頭部が大きく後ろへ傾いていないか、疲れて前かがみになりすぎていないかなどを確認しました。
  • 疲れたら休憩を入れる:食事を一気に完食することだけを目標にせず、疲労がみられた場合には状態に応じて休憩を取り入れました。ただし、食事を長時間放置するのではなく、ご本人の全身状態や栄養面も含めて適切な方法を検討しました。
  • 「最後にお茶を一気に飲む」を見直す:A様の場合、この習慣を見直しました。水分の適切な量や性状、飲み方については嚥下の状態によって異なるため、専門的な評価を踏まえて調整しました。
  • 流し込まずに、口の中を確認する:お茶で流し込むのではなく、食後に口腔内へ食べ物が残っていないか確認し、必要な口腔ケアを行いました。これも誤嚥性肺炎の予防では大切なポイントです。

経過

食事方法を見直した後、奥様は食事開始時だけでなく、後半の様子にも注意するようになりました。すると、20分くらいすると姿勢が崩れてくること、昼食より夕食のほうが疲れていることなど、これまで気づかなかった特徴が分かってきました。食事内容や一口量、休憩の取り方などを調整すると、食事後半の咳払いは以前より少なくなりました。ご本人も、食事の終わりには疲れていたことを自覚されるようになりました。その後も主治医などと連携しながら、嚥下機能、栄養状態、口腔状態、全身の体力を確認しています。

※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。食事時間や疲労への対応だけで肺炎を防げたと断定することはできません。しかしA様では、食事開始時の数口だけではなく、一食を最後まで観察したことが、再発予防を考える重要なきっかけになりました。

ご家庭でできる予防のポイント

高齢のご家族の食事では、「食べ始め」だけでなく「食べ終わり」も観察してみてください。

  • 食事後半になるとむせが増えていないか
  • 最初より咳払いが多くなっていないか
  • 食事途中から姿勢が崩れていないか
  • 食べる速度が極端に遅くなっていないか
  • 逆に、早く終わらせようと急いでいないか
  • 食べ物が口に残ったまま次の一口を入れていないか
  • 食事の最後に水やお茶を一気に飲んでいないか
  • 食後に強い疲労がみられないか

「食事時間が長くなった」「後半だけむせるようになった」という変化も、口腔機能や嚥下機能、体力などを見直すきっかけになります。気になる変化が続く場合は、歯科医師や嚥下に関わる専門職へご相談ください。

おわりに

嚥下の評価では、「この人は、この食品を飲み込めるか」という視点が重要です。しかし、それだけでは十分でない場合があります。最初の一口は安全でも、30分後も同じとは限りません。朝食では安定していても、疲労のたまった夕食では違うかもしれません。

つまり、嚥下の機能は一日の中でも、そして一回の食事の中でも変化する可能性があります。誤嚥性肺炎の予防では、一瞬の「できた・できない」だけでなく、食事全体を一つの流れとして見ることが大切です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。

当院のワンポイント

嚥下を見るなら「最初の一口」だけでなく「最後の一口」まで。食事開始時には、姿勢が良い、元気がある、集中できている。それでも食事後半には、疲れる、姿勢が崩れる、口腔内に食べ物が残る、飲み込みが雑になるという変化が起こることがあります。

誤嚥性肺炎の予防を、「何を食べたか」だけでなく「一食を通してどう食べたか」を見る予防へ。「最後の数口になると、なぜかむせる」。その小さな変化には、その方の今の食べ続ける力を知るための大切なヒントが隠れていることがあります。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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