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実例

「食べ物がいつも右の頬に残っている」― 脳梗塞後の「片側の食べ残し」から考える誤嚥性肺炎予防

「食事は全部食べているはずなのに、口の中を見ると食べ物が残っているんです」。高齢者の食事では、飲み込む瞬間の「むせ」に注目しがちです。しかし、誤嚥性肺炎予防では、飲み込む前に口の中で食べ物をきちんと処理できているかを見ることも大切です。特に脳梗塞などの後には、舌や頬の動き、感覚などに左右差が生じることがあります。その結果、本人が気づかないまま片側の頬と歯ぐきの間などに食べ物が残ってしまうことがあります。今回ご紹介するのは、食事中にはほとんどむせないものの、毎回ほぼ同じ場所に食べ物が残っていた患者さんです。

なお、脳梗塞後の飲み込みについては脳梗塞の後遺症と誤嚥性肺炎のケース、歯磨きだけでは分からない口の働きについては「口の働き」から考えたケースでもご紹介しています。本記事は片側だけに食べ物が残るという変化に絞ってご説明します。

※ 本症例は、臨床でみられる状況を参考に構成した架空の複合症例です。

症例:AA様(82歳・女性・仮名)

数年前に脳梗塞を発症し、右半身に軽い麻痺が残っていました。現在は娘さんと自宅で生活しています。食事は自分で食べることができ、強くむせることもほとんどありませんでした。娘さんも、「飲み込みについては、それほど問題がないと思っていました」と話していました。ところが最近、食後の歯磨きを手伝っていると気になることがありました。右側の頬と歯ぐきの間から、ご飯や野菜が出てくるのです。ある日は、食事を終えてかなり時間がたった後にも食べ物が残っていました。娘さんが、「お母さん、ここにまだご飯が残っているよ」と言っても、本人は、「そうなの?全然分からなかった」と答えます。その後AA様は発熱と咳で医療機関を受診し、肺炎と診断されました。経過から誤嚥の関与も考えられたため、治療後、再発予防について当院へ相談されました。

当院での評価

まず口腔内を確認しました。歯や義歯の状態だけでなく、舌を左右へ動かせるか、頬を動かせるか、左右の口角に違いがないか、食べ物を口の中で移動させられるかなども確認しました。さらに実際の食事場面を観察すると、AA様は食べ物を口へ入れ、噛み、飲み込むことはできています。しかし食後に確認すると、右側の頬と歯ぐきの間に食物が残っていました。本人に尋ねても、「残っている感じはしない」と言います。そこで、単に「飲み込めるか」だけではなく、口の中で食べ物を認識し、まとめ、喉へ送り込む一連の機能を見る必要があると考えました。

誤嚥性肺炎というと、「食事中にむせる」「水を飲むと咳き込む」といった症状が注目されます。しかし、食べ物が口の中に残っている場合、その場で必ずむせるとは限りません。食後も食物が残ったままになれば、時間がたってから唾液などとともに咽頭側へ移動する可能性もあります。もちろん、「頬に食べ物が残ったから肺炎になった」と断定することはできません。肺炎には、嚥下機能、口腔環境、全身状態、呼吸機能など複数の要因が関係します。それでも、食後の口腔内に残留物が多い状態をそのままにしないことは、誤嚥性肺炎予防を考えるうえで大切です。

なぜ片側だけに残るのでしょうか。脳梗塞などの後には、身体だけでなく、舌・口唇・頬などの動きや感覚に左右差がみられる場合があります。すると、食べ物を十分に動かせない、頬と歯ぐきの間に入り込む、残っていることに本人が気づきにくいといったことが起こる場合があります。重要なのは、単に、「食べ方が汚くなった」「年だから仕方がない」と考えないことです。いつも同じ場所に残るという偏りそのものが、評価の手がかりになることがあります。

対処・介入

まず、毎食後に口腔内を確認するようにしました。特にAA様の場合は、右側の頬と歯ぐきの間を重点的に確認します。ただし、無理に指を入れて取り除くのではなく、本人の状態に応じた安全な方法で口腔ケアを行いました。

舌を左右へ動かす、頬を膨らませる、口唇を閉じる、食べ物を口の中で移動させるといった口腔機能を確認しました。必要に応じて、嚥下に関わる専門職とも情報を共有しました。

一口が大きすぎると、口の中で処理しなければならない量も増えます。そこで、AA様が無理なく口腔内でまとめられる一口量を検討しました。食事形態についても、「軟らかければ安全」と一律に考えるのではなく、本人の口腔・嚥下機能に合わせて確認しました。

食後だけでなく、食事途中にも必要に応じて確認しました。同じ場所に食物がたまってきた場合には、そのまま次々と食べ続けないようにします。

ご家族には特に重要なことをお伝えしました。口元のゆがみ、舌の動かしにくさ、手足の麻痺、ろれつの回りにくさなどが突然出現した場合には、単なる食事の問題として様子を見てはいけません。脳卒中などの可能性もあるため、速やかな医療機関への相談が必要です。

経過

娘さんは、食事中のむせだけでなく、食後の口腔内を確認するようになりました。すると、右側に残りやすい食べ物とあまり残らない食べ物があること、疲れている日は残る量が多いことなど、新しい特徴にも気づくようになりました。一口量や食べ方を調整し、食後の口腔ケアを丁寧に行うことで、口腔内に食物が長時間残ったままになることは減りました。その後も口腔機能、嚥下機能、栄養状態、全身状態を継続して確認しています。

※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。もちろん、こうした対応だけで肺炎を防げると断定することはできません。しかしAA様では、飲み込んだかどうかだけでなく、飲み込む前に口の中で何が起きているかを見るようになったことが、再発予防を考える大切なきっかけとなりました。

ご家庭でできる予防のポイント

高齢のご家族では、食事が終わった後の口の中も一度確認してみてください。頬と歯ぐきの間に食べ物が残っていないか、いつも同じ側に残っていないか、舌の下や周囲に食べ物が残っていないか、本人が残留に気づいているか、食事時間が以前より長くなっていないか、食べ物を口からこぼすことが増えていないか、左右どちらかだけで噛むようになっていないか、食後もいつまでも口を動かしていないか。そして、「以前はなかった左右差が突然現れた」場合は要注意です。食事の工夫だけで対応せず、医療機関へ相談してください。

おわりに

嚥下は、「喉でゴックンする瞬間」だけではありません。食べ物を口へ入れる、噛む、舌で集める、一つにまとめる、喉へ送る、そして飲み込む。これらが連続して初めて「食べる」という動作になります。そのため誤嚥性肺炎予防でも、喉だけを見るのではなく、口の中で食べ物を処理する段階から観察することが重要です。「むせていないから大丈夫」。その一言で終わらせず、食べ終わった後、口の中は本当に空になっているだろうか。そこまで確認することで、これまで見えなかった問題に気づくことがあります。飲み込みの評価について詳しくは摂食嚥下の診療をご覧ください。

当院のワンポイント

「むせ」を見るだけでなく、「残り方」を見る。食後に食べ物が残っていたら、どこに残っているのか、左右どちらなのか、毎回同じ場所なのか、本人は気づいているのかまで観察してみてください。誤嚥性肺炎予防を、「飲み込めたか」から「口の中をきちんと空にできたか」まで見る予防へ。いつも同じ頬に残る一口が、その方の口腔・嚥下機能の変化を知らせるサインになっていることがあります。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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