「口の中はきれいなのに肺炎を繰り返す」― 歯磨きだけでは分からない「口の働き」から考える誤嚥性肺炎予防
「毎日きちんと歯を磨いています」「歯科でも、口の中は比較的きれいだと言われています」。それでも、誤嚥性肺炎を繰り返す高齢の方がいます。口腔ケアは誤嚥性肺炎の予防を考えるうえで重要ですが、口の中をきれいにすることと、口が十分に機能していることは同じではありません。
今回ご紹介するのは、歯磨きはきちんとできていたものの、食事を観察すると「舌の動き」が以前より低下していたケースです。食べ物を安全に飲み込むためには、歯で噛むだけでなく、舌を使って食べ物をまとめ、喉の方向へ送り込む必要があります。誤嚥性肺炎の予防を「口腔衛生」だけでなく、口腔機能まで広げて考えた症例です。
なお、お口の働きの衰えそのものについては、口腔機能低下症が背景にあったケースとオーラルフレイルから始まったケースでご紹介しています。本記事は「歯磨きができている=お口は大丈夫」とは限らないという点に絞ってご説明します。
※ 本症例は、臨床でみられる状況を参考に構成した架空の複合症例です。
症例:V様(85歳・男性・仮名)
奥様と二人で自宅生活を送っていました。数年前に軽度の脳梗塞を経験していましたが、日常生活はほぼ自立していました。歯磨きには非常に熱心で、朝食後と就寝前には必ずご自分で磨いていました。定期的に歯科も受診しています。そのため奥様は「口の中については大丈夫だと思っていました」と話していました。
ところが最近、食事中に少し変わった様子がみられるようになりました。
- 食事時間が長くなった
- ご飯を何度も噛んでいる
- 飲み込んだと思ったのに、また口を動かしている
- 食後になっても何かを噛んでいるように見える
ご本人に尋ねても「別に何も入ってないよ」と言います。その後、V様は発熱と咳で医療機関を受診し、肺炎と診断されました。経過から誤嚥の関与も疑われ、治療後に再発予防を目的として当院へご相談されました。
当院での評価
歯磨きはできていました
最初に口腔内を確認すると、ご家族のお話の通り、歯には目立った汚れが少なく、日常的な口腔ケアは比較的良好でした。しかし、そこで評価を終わらせず、「この口が食事中にどう働いているか」を確認しました。
実際に食事をしていただくと、一つ気になることがありました。食べ物を口へ入れ、噛むことはできます。しかし、その後に食べ物を一つにまとめ、舌で喉の方向へ送る動作に時間がかかっていました。飲み込んだ後に口腔内を確認すると、舌の周囲や頬側などに食べ物が残っていました。
舌は「口の中の運び手」
舌は「味を感じるだけ」の器官ではありません。食べ物を歯の上へ運ぶ、左右へ動かす、唾液と混ぜる、バラバラになった食べ物をまとめる、そして喉の方向へ送り込む。つまり舌は、口の中の食べ物を運ぶ重要な働き手です。舌の動きや力が低下すると、食べ物が口腔内に残りやすくなることがあります。ご本人がその残留に気づかない場合もあります。
「清潔」と「機能」は別の視点
V様のご家族は「毎日歯磨きをしているから、口の問題はない」と考えていました。しかし、お口には大きく分けると二つの視点があります。
- 口腔衛生:歯や舌、義歯などを清潔に保つこと
- 口腔機能:噛む、舌を動かす、食べ物をまとめる、飲み込む、唾液を分泌する、会話するといった働き
誤嚥性肺炎の予防では、どちらか一方ではなく、「清潔」と「機能」の両方を見ることが重要です。
話しにくさにも目を向けました
V様に「最近、話しにくくなった感じはありませんか?」と尋ねました。すると奥様が「そういえば、前より滑舌が悪くなった気がします」と答えました。ご本人は「年を取ったからだろう」と思っていました。食べる機能と話す機能はまったく同じではありませんが、どちらも舌や口唇などの動きを使います。そこで食事だけでなく、発音や舌・口唇の動きなども含めて口腔機能を確認しました。
対処・介入
- 歯磨きは続ける:まず、V様がこれまで続けてきた歯磨きは継続していただきました。「機能が問題だから清掃は必要ない」ということではありません。口腔衛生と口腔機能は両輪です。
- 今の口腔機能を把握する:舌を前へ出す、左右へ動かす、口唇を閉じる、発音する、食べ物をまとめる。こうした動きを確認し、現在の口腔機能を把握しました。必要に応じて、歯科医師、歯科衛生士、言語聴覚士などと連携しながら対応を検討しました。
- 一口量を調整する:一口が大きくなるほど、口の中で処理しなければならない食べ物の量も増えます。そこでV様には、一度に多く口へ入れず、現在の口腔機能で無理なく処理できる量を検討しました。
- 食後に口の中を確認する:V様では、ご本人が「飲み込んだ」と思った後にも食べ物が残っていることがありました。そこで食後には、必要に応じて口腔内の残留を確認するようにしました。特に頬の内側、舌の周囲なども観察しました。
- 口だけで考えない:詳しくお話を伺うと、V様は外出する機会も減っていました。以前は毎日散歩していましたが、最近はほとんど家の中で過ごしています。椅子から立ち上がる動作も以前よりゆっくりになっていました。そこで口だけを単独で考えず、主治医やリハビリテーションスタッフとも情報を共有しながら、全身状態や身体活動についても確認しました。
経過
口腔ケアを継続しながら、口腔機能にも目を向けた支援を行いました。食事では一口量を調整し、飲み込んだ後に口腔内へ食べ物が残っていないか確認するようになりました。ご本人の状態に合わせて口腔機能への働きかけや身体活動についても検討しました。数か月後には、食後に口を動かし続ける様子が以前より少なくなり、食事時間も安定しました。ご本人・ご家族とも、お口を清潔に保つことに加えて、お口を動かすことにも目を向ける視点を共有できました。その後も主治医などと連携し、口腔衛生、口腔機能、嚥下、栄養、全身状態を継続して確認しています。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。口腔機能への対応によって肺炎を防げたと断定することはできません。しかしV様では、口がきれいかという評価から、その口が十分に働いているかという評価へ広げたことが、再発予防を考える重要なポイントになりました。
ご家庭でできる予防のポイント
歯磨きができている高齢のご家族でも、次のような変化がないか確認してみてください。
- 食事時間が以前より長くなっていないか
- 食べ物をいつまでも噛んでいないか
- 飲み込んだ後も口をモグモグしていないか
- 頬の内側に食べ物が残っていないか
- 食べ物を口からこぼすことが増えていないか
- 舌を動かしにくそうにしていないか
- 滑舌が以前より悪くなっていないか
- 食べる量が減っていないか
- 外出や身体活動も減っていないか
こうした変化があれば必ず嚥下障害があるということではありません。しかし、以前との違いが続く場合には、歯科医師や嚥下に関わる専門職へご相談ください。
おわりに
誤嚥性肺炎の予防において、口腔ケアは重要です。しかし、「歯を磨いているから大丈夫」で終わらせないことも大切です。口には、きれいに保つという課題と、働きを保つという課題があります。歯を磨く、舌や粘膜を清潔にする、義歯を管理する。そして、噛む、舌を動かす、食べ物をまとめる、飲み込む、話す。これらを一つの「口の健康」として考える必要があります。
誤嚥性肺炎の予防は、細菌を減らすことだけでも、誤嚥をゼロにすることだけでもありません。口腔・嚥下・栄養・身体機能をできるだけ良い状態に保つこと。その積み重ねが重要です。お口の清潔の保ち方については総義歯と舌の汚れから考えたケースもご参照ください。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
「口がきれい」と「口が元気」は、同じではありません。高齢の方のお口を見るときには、歯が磨けているか、舌が汚れていないか、義歯が清潔かという「衛生」に加えて、噛めているか、舌が動いているか、食べ物をまとめられるか、口の中に残っていないかという「機能」も見てみてください。
誤嚥性肺炎の予防を、「口をきれいにする」から「きれいで、しかも働ける口を守る」へ。歯ブラシだけでは分からない「口の力」に目を向けることも、口から安全に食べ続けるための大切な予防です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。