食べる量を減らしたことが逆効果に ― 低栄養とサルコペニアから考える誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎を経験すると、ご本人やご家族は「またむせたら怖い」「肺炎にならないように食事を減らした方がよいのでは」と考えることがあります。しかし、食べる量を必要以上に減らしてしまうと、別の問題が起こることがあります。それが低栄養とサルコペニア(筋肉量・筋力の低下)です。
食事量が減る。体重が落ちる。筋肉が減る。身体を動かさなくなる。さらに食べる力や咳をする力が弱くなる。こうした悪循環が、かえって誤嚥性肺炎のリスクを高める可能性があります。今回は、「誤嚥させないこと」を優先するあまり食事量が減少し、全身状態と嚥下機能が低下していったケースをご紹介します。サルコペニア・低栄養が背景にあった誤嚥性肺炎もあわせてご覧いただくと、背景としての低栄養と、今回のような「制限しすぎ」による低栄養の違いが分かりやすいかと思います。
※ 本症例は、臨床でみられる経過をもとに構成した架空の複合症例です。
症例:S様(87歳・女性・仮名)
娘さんご夫婦と同居し、屋内では杖を使って生活していました。半年前に誤嚥性肺炎で入院したことをきっかけに、ご家族は食事に非常に慎重になりました。「また肺炎になったら大変だから」と、硬いものを避け、食事を軟らかくし、一回の食事量も少なくしていました。水分にもとろみをつけていました。
ところが数か月後から、次のような変化が現れました。
- 体重が減ってきた
- 歩く速度が遅くなった
- 椅子から立ち上がるのに時間がかかる
- 声が小さくなった
- 食事の途中で疲れてしまう
半年で体重は約5kg減少していました。さらに、再び発熱と咳が出現し、誤嚥性肺炎と診断されました。「こんなに食事に気をつけていたのに、なぜまた肺炎になったのでしょうか」。ご家族から相談を受け、嚥下機能だけではなく、栄養状態や身体機能も含めて評価することになりました。
当院での評価
嚥下機能だけが問題ではありませんでした
嚥下機能を評価すると、軽度の咽頭残留などはみられましたが、それ以上に気になったのが全身の筋力低下でした。食事中も姿勢を長く維持することが難しく、後半になると身体が傾いてきます。咳をしても以前ほど力強くありません。誤嚥性肺炎の予防では、「飲み込めるか」だけではなく、誤嚥したものを咳によって排出できるかという視点も重要です。
低栄養の可能性
食事内容を確認すると、「安全に食べること」を優先するあまり、エネルギーやたんぱく質の摂取量が不足している可能性がありました。特に肉類などを避けるようになり、食事全体の量も以前よりかなり少なくなっていました。高齢者では、十分な栄養を摂取できない状態が続くと筋肉量が減少しやすくなります。そして筋肉量の低下は、足腰だけに起こるわけではありません。舌や咽頭など、食べる・飲み込むために使う筋肉にも影響する可能性があります。
「安全な食事」が必ずしも「少ない食事」ではない
ここで、ご家族に大切なことをご説明しました。食事形態を安全に調整することは重要です。しかし、「誤嚥が怖いから食べさせない」という方向へ進みすぎると、栄養不足によって身体そのものが弱くなる可能性があります。誤嚥性肺炎の予防では、安全性と栄養の両方を考える必要があります。
対処・介入
- 管理栄養士と食事内容を再検討:まず、現在の食事からどの程度のエネルギーやたんぱく質を摂取できているのかを確認しました。そのうえで、食べる量をむやみに増やすのではなく、少量でも栄養を確保しやすい食事へ変更しました。患者さんの嚥下機能や全身状態に合わせた食事形態を選択することが重要です。
- 「食べられるもの」を増やす:ご家族は「これは危ない」「あれも危ない」と食べられないものを増やしていました。そこで発想を変え、「S様が安全に食べられるものは何か」を探しました。食事を禁止するだけではなく、安全に食べられる方法を一緒に考えることにしました。
- 筋力を取り戻す:理学療法士と連携し、無理のない範囲で運動を開始しました。椅子からの立ち上がりや歩行など、日常生活の中で継続できる運動を中心にしました。嚥下機能についても、状態に応じた訓練を行いました。
- 口腔ケアを継続:栄養や筋力だけで肺炎を予防できるわけではありません。口腔内の細菌を減らすため、歯科衛生士による専門的口腔ケアと毎日のセルフケアも継続しました。
経過
約4か月後、体重減少は止まりました。食事中の疲労も少なくなり、椅子からの立ち上がりも以前より安定しました。ご家族も、食べさせないことだけを考えるのではなく、安全に栄養を確保するという視点を持てるようになり、その後は全身状態を確認しながら食事と運動を継続して、肺炎の再発なく経過しています。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。食事量を増やせば誤嚥性肺炎を防げるという意味ではありません。嚥下障害の程度によっては、食事形態や摂取方法を慎重に調整する必要があります。重要なのは、安全性だけ、栄養だけのどちらか一方を見るのではなく、両方のバランスを考えることです。自己判断で食事内容を変更せず、必ず担当の医師・歯科医師・管理栄養士にご相談ください。
ご家庭でできる予防のポイント
誤嚥性肺炎を経験した後は、むせだけでなく次の変化にも注意してください。
- 体重が減っていないか
- 食事量が以前より減っていないか
- 肉や魚などを極端に避けていないか
- 歩く速度が遅くなっていないか
- 椅子から立ち上がりにくくなっていないか
- 食事の途中で疲れていないか
- 声や咳が弱くなっていないか
特に体重の変化は、ご家庭でも確認しやすい重要な情報です。
おわりに
誤嚥性肺炎の予防というと、「どうすれば誤嚥させないか」という方向に考えがちです。もちろん、それは非常に重要です。しかし、誤嚥を恐れるあまり食事を過度に制限し、低栄養や筋力低下を招いてしまえば、結果として食べる力そのものが低下する可能性があります。
そこで私たちは、もう一つの問いを大切にしています。「この患者さんの食べる力を、どうすれば守れるだろうか」。誤嚥性肺炎の予防とは、単に危険なものを取り除いていく医療ではありません。口腔、嚥下、栄養、筋力、呼吸、生活を総合的に見ながら、安全に、そして十分に食べられる状態をできるだけ長く維持することも重要な目標です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
「誤嚥させない」ために、「食べる力」を失わせてはいけません。誤嚥性肺炎を経験すると、食事を制限する方向へ進みやすくなります。しかし、次のような悪循環にも注意が必要です。
- 食べない → 低栄養になる → 筋肉が減る → 嚥下や咳の力が低下する → さらに食べられなくなる
だからこそ私たちは、「何を食べさせないか」ではなく、「どうすれば安全に必要な栄養を摂れるか」を考えることが大切だと思っています。誤嚥性肺炎予防の目的は、食べることを奪うことではありません。安全に食べることと、食べる力を守ること。その両方を考える。それが、高齢者の誤嚥性肺炎予防に必要な視点です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。