糖尿病が背景にあった誤嚥性肺炎 ― 「血糖コントロール」と「食べる力」の両方を見直したケース
これまで脳卒中後遺症、パーキンソン病、認知症、誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者、サルコペニア・低栄養、口腔機能低下症、介護施設、在宅療養、COPD、胃食道逆流症(GERD)と、さまざまな背景による誤嚥性肺炎をご紹介してきました。今回は、日本でも患者数が増加している糖尿病を背景に発症した誤嚥性肺炎についてご紹介します。
糖尿病というと血糖値の病気というイメージがありますが、実は免疫機能の低下、筋力低下、神経障害、口腔環境の悪化など、誤嚥性肺炎のリスクを高める多くの要因と関係しています。本症例は、実際によく経験する経過をもとに構成した典型的な複合症例です。
症例:L様(74歳・男性・仮名)
20年以上前から2型糖尿病で内科へ通院していました。仕事を退職後は運動量が減り、血糖コントロールも不安定な状態が続いていました。ここ数か月、次のような症状がみられるようになりました。
- 食事中に時々むせる
- 口が乾きやすい
- 食後に痰が絡む
- 最近体力が落ちた
その後、発熱と湿った咳が出現し、誤嚥性肺炎と診断され入院となりました。肺炎は改善しましたが、原因を知りたいというご希望から、退院後に当院を受診されました。
当院での評価
誤嚥性肺炎の原因は一つではありません。当院では、嚥下機能だけでなく、糖尿病による全身への影響も含めて評価しました。
嚥下内視鏡検査(VE)
VEでは、軽度の咽頭残留、水分での軽い喉頭侵入、咳反射の低下が認められました。重度の嚥下障害ではありませんでしたが、小さな誤嚥を繰り返している可能性が考えられました。
嚥下エコー
舌骨運動は保たれていましたが、嚥下開始までの時間がやや延長し、嚥下後に少量の残留が認められました。被ばくがなく繰り返し評価できるため、定期的に評価して機能の変化を確認していくこととしました。
口腔内の評価
口腔内では、口腔乾燥、歯周病、舌苔の付着が認められました。糖尿病では唾液の分泌が低下しやすく、口腔内の細菌も増加しやすいため、誤嚥性肺炎のリスクが高くなることがあります。
全身状態の評価
さらに、HbA1cの高値、下肢筋力の低下、軽度のサルコペニア、疲労感も認められました。糖尿病による神経障害や筋力低下も、誤嚥性肺炎の背景にあると考えられました。
対処・介入
糖尿病内科とも連携し、多面的な介入を開始しました。
- 血糖コントロールの改善:糖尿病専門医と連携し、薬物療法と食事療法を見直しました。血糖値を安定させることは、感染症に対する抵抗力の維持にもつながると考えられています。
- 嚥下リハビリテーション:言語聴覚士による嚥下訓練を開始しました。咽頭機能の改善に加え、咳をする力を維持するための訓練も取り入れました。
- 専門的口腔ケア:歯科衛生士による口腔ケアを開始し、歯周病の治療とセルフケア指導を継続しました。
- 栄養管理:管理栄養士が「血糖値だけでなく筋力の維持も考えた食事」を提案しました。糖尿病だから食事量を減らすのではなく、適切なたんぱく質とエネルギーを確保することも重要であることをご説明しました。
経過
約6か月後の再評価では、HbA1cの改善と体力の回復が確認され、食事中にむせる回数の減少もみられました。嚥下エコーでも咽頭残留の改善が確認され、その後1年以上、誤嚥性肺炎の再発なく経過しています。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。糖尿病は慢性疾患であり、血糖コントロールや生活習慣の改善を継続することが重要です。
ご家庭でできる予防のポイント
- 血糖コントロールを継続する
- 毎日の口腔ケアを丁寧に行う
- 定期的に歯科を受診する
- 十分なたんぱく質を摂取する
- 適度な運動を継続する
- むせや口の乾燥が続く場合は早めに相談する
おわりに
糖尿病と誤嚥性肺炎は、一見すると関係がないように思われるかもしれません。しかし糖尿病は、免疫機能の低下、口腔環境の悪化、神経障害、筋力低下などを通じて、誤嚥性肺炎の発症や重症化に影響を及ぼす可能性があります。
私たちは、「血糖値を管理すること」と「食べる力を守ること」は、それぞれ独立したものではなく互いに関係し合っていると考えています。そのため誤嚥性肺炎を予防するには、歯科だけではなく、糖尿病内科、管理栄養士、リハビリテーションスタッフなど、多職種が連携して支えることが重要です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
糖尿病は「血糖値だけ」の病気ではありません。口腔環境、筋力、栄養状態、嚥下機能など、全身の健康に大きく影響する疾患です。当院では、嚥下機能の評価だけでなく、糖尿病による全身への影響も考慮し、一人ひとりに合わせた誤嚥性肺炎の予防をご提案しています。
さらに近年では、腸内環境(腸内細菌叢)と糖尿病、免疫機能、さらには肺の健康との関連も注目されています。今後、誤嚥性肺炎の予防は「飲み込み」だけでなく、口腔・腸・肺を一つのつながりとして捉える視点へ進んでいくと考えられます。私たちは、患者さんを「口だけ」「肺だけ」で診るのではなく、「人全体」を診る医療を目指しています。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。