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実例

「食事中にむせないのに、声が濁る」― 「食後の声」から気づいた誤嚥性肺炎予防

誤嚥性肺炎の予防では、「むせるかどうか」がよく注目されます。しかし、飲み込みに問題があっても、必ず強くむせるとは限りません。今回ご紹介するのは、食事中にはほとんど咳をしないため、ご家族も「飲み込みは大丈夫」と考えていたケースです。

ところが食後になると、声が少し変わっていました。「こんにちは」と話していただくと、食事前とは違って、どこかゴロゴロ、ガラガラしたような湿った声になっていたのです。この「声の変化」が、嚥下の状態をあらためて確認するきっかけになりました。誤嚥性肺炎の予防では、むせだけではなく、食べた後の声を聞くことも大切な観察の一つです。

なお、声の変化については別の切り口でもご紹介しています。声が小さくなったことに気づいたパーキンソン病と声量低下のケース、起きている時間の唾液の飲み込みを見直したケース。また、食後しばらくして胸がつかえて咳が出る場合は食道に残る食べ物から考えたケースでご紹介しています。本記事は食事の前と後で声が変わるという変化に絞ってご説明します。

※ 本症例は、臨床でみられる状況を参考に構成した架空の複合症例です。

症例:S様(88歳・男性・仮名)

奥様と息子さんご夫婦と自宅で生活していました。数年前に脳梗塞を発症しましたが、リハビリテーションによって日常生活の多くをご自分で行えるまで回復していました。食事は軟らかめの普通食で、水分も通常のお茶を飲んでいました。ご家族が食事を見守っていましたが、目立ったむせはありません。

ところが、この一年で肺炎を2回発症しました。いずれも医療機関では誤嚥の関与が疑われました。奥様は「食べているときにほとんどむせないのに、どうして誤嚥なのでしょう」と疑問を持っていました。肺炎の治療後、再発予防を目的に当院へご相談されました。

当院での評価

食事開始時には大きな問題がありませんでした

S様の普段の食事を観察しました。一口量も極端に多くありません。食べる速度も比較的ゆっくりしています。食事姿勢にも大きな崩れはありませんでした。そして、ご家族のお話の通り、ほとんどむせません。一見すると、「大きな問題はなさそう」という食事風景でした。ところが、食事の途中でS様に話しかけたとき、少し気になることがありました。

食事後半に、声が濁っていました

食事前には比較的はっきりしていたS様の声が、食事後半になると、ゴロゴロと濁ったような声になっていました。ご本人に「声が少し変わった感じはありませんか?」と尋ねても、「別に変わらないよ」と答えます。ご本人にはほとんど自覚がありませんでした。一度咳払いをしていただくと、声が少し明瞭になりました。

そこで、食事中の「咳」だけではなく、飲み込んだ後に喉の周辺へ食べ物や水分、分泌物などが残っている可能性も考えながら、より詳しく嚥下の状態を確認することにしました。

「むせない」=「安全」とは限らない

食べ物や水分が気道へ入りそうになると、通常は咳などの防御反応が働きます。そのため、「むせた」という反応は非常に分かりやすいサインです。しかし、高齢の方や神経疾患などのある方では、感覚や咳反射が低下している場合があります。そのため、気道への侵入が疑われる状況でも、目立った咳が起こらないことがあります。いわゆる不顕性誤嚥(サイレントアスピレーション)が問題になる場合もあります。

ただし、声が濁ったからといって、それだけで誤嚥していると判断することはできません。重要なのは、「むせがないから大丈夫」と判断するのではなく、他のサインと合わせて評価することです。

S様について、ご家族と一緒に食事前と食事後を比べました。すると、次のような一定の傾向がみられました。

  • 食事前は声が比較的明瞭
  • 食事後半になると声が濁る
  • ときどき咳払いをすると声が戻る
  • 食後しばらく痰が絡む

そこで必要に応じて専門的な嚥下評価へつなぎ、現在の機能に合わせて食事方法を見直すことにしました。

対処・介入

  • 食事の前後で声を聞いていただく:ご家族には、「咳をしたかどうか」だけではなく、食事前と食事後で声が変わっていないかも確認していただきました。毎回厳密にチェックするのではなく、普段の会話の中で自然に聞いていただく方法です。
  • 一口量とペースを整える:S様ご自身はゆっくり食べているつもりでも、好きな料理になると一口量が大きくなることがありました。そこで一口量を調整し、一回の嚥下が終わってから次の一口へ進むようにしました。
  • 家庭で決めず、評価をもとに検討する:声の変化だけから、「この食品なら安全」「このとろみなら大丈夫」とご家庭で決めることは適切ではありません。S様では医師や嚥下に関わる専門職と情報を共有し、必要な評価を行いながら食事形態や水分摂取方法を検討しました。
  • 「外へ出す力」も確認する:誤嚥性肺炎の予防では、「気道へ入れない」だけではなく、「入った可能性があるものを外へ出せるか」という視点も重要です。S様では咳の強さや呼吸状態についても確認しました。
  • 口腔環境を整えておく:目立たない誤嚥の可能性を完全になくすことが難しい場合には、口腔環境を整えておくことも重要です。毎日の口腔ケアと定期的な専門的口腔管理を継続しました。

経過

食事方法を調整し、嚥下の状態を確認しながら支援を続けました。ご家族も、むせだけではなく、食後の声や痰の状態を見るようになりました。数か月後には、食事後半にみられていた声の濁りが以前より少なくなりました。ご家族とも、咳だけでなく声の変化にも目を向けるという視点を共有できました。その後も主治医などと連携し、嚥下機能、口腔状態、栄養状態を継続して確認しています。

※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。声の変化への対応だけで肺炎を防げたと断定することはできません。しかしS様では、むせないから大丈夫という判断から一歩進んで、飲み込んだ後の変化まで観察したことが、再発予防を考える重要なきっかけになりました。

ご家庭でできる予防のポイント

食事中にほとんどむせない方でも、次のような変化がないか確認してみてください。

  • 食後に声がガラガラしていないか
  • 食後だけ声が濁ったように聞こえないか
  • 食事中や食後に何度も咳払いをしていないか
  • 食後に痰が増えていないか
  • 飲み込んだ後に呼吸が変わっていないか
  • 食事後半になると声が出しにくくなっていないか
  • 食事中は平気でも食後になって咳が出ていないか
  • 肺炎を繰り返していないか

こうした変化があるからといって、ご家庭で「誤嚥している」と断定することはできません。ただし、肺炎を繰り返している場合や食後の変化が続く場合には、医師、歯科医師、言語聴覚士など嚥下に関わる専門職へご相談ください。

おわりに

誤嚥性肺炎の予防では、「むせる」という目に見える反応だけを探してしまいがちです。しかし、患者さんの身体が発しているサインは、それだけではありません。声が変わる、痰が絡む、咳払いが増える、呼吸が変わる、食後だけ元気がなくなる。こうした小さな変化を組み合わせて考えることで、初めて見えてくる問題があります。

特に肺炎を繰り返しているのに「食事中には全然むせない」という方では、「では、飲み込んだ後には何が起きていますか?」という視点を持つことが大切です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。

当院のワンポイント

「むせ」を見るだけでなく、「声」を聞いてみる。食事の前に一言。食事の後にも一言。難しい検査をしなくても、「食べる前と後で声が違わないか」にご家族が気づける場合があります。もちろん、声の変化だけで誤嚥を診断することはできません。それでも、専門的な評価へつなぐ重要な手掛かりになることがあります。

誤嚥性肺炎の予防を、「咳を見る」から「食べる前後の変化を五感で捉える」へ。食後の何気ない「ごちそうさま」の声にも、肺炎予防のヒントが隠れていることがあります。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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