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実例

「食べられるのに痩せてきた」― 低栄養と「食べる力」の悪循環から考える誤嚥性肺炎予防

「ちゃんと口から食べています」「三食とも食卓にはついています」。それでも、少しずつ体重が減っていく高齢の方がいます。誤嚥性肺炎の予防では、「むせるか」「飲み込めるか」に目が向きやすいのですが、もう一つ確認しておきたいのが栄養状態です。

食べる量が減り、低栄養傾向になると、全身の筋力だけでなく、食べることに関わる筋力や体力にも影響する可能性があります。そして食べる力が低下すると、さらに食事量が減る、という悪循環につながることがあります。今回ご紹介するのは、目立ったむせがなかったため「食べる機能は大丈夫」と思われていましたが、半年間で体重が大きく減少していたケースです。

なお、低栄養については別の切り口でもご紹介しています。筋力の低下が背景にあったサルコペニア・低栄養のケース、食事を制限しすぎた食べる量を減らしたことが逆効果になったケース退院後の食事の戻し方のケース。本記事は「三食食べているのに必要な量に届いていない」状態に、体重の変化から気づく場合に絞ってご説明します。

※ 本症例は、臨床でみられる状況を参考に構成した架空の複合症例です。

症例:Q様(84歳・男性・仮名)

奥様と二人で自宅生活を送っていました。高血圧と糖尿病で内科へ通院していましたが、身の回りのことはほぼご自分で行っていました。食事は普通食です。

あるとき、久しぶりに会った娘さんが「お父さん、ずいぶん痩せたんじゃない?」と気づきました。ご本人は「年を取ればこんなものだよ」と気にしていませんでした。体重を確認すると、半年ほど前には61kgあった体重が55kg台まで減少していました。奥様に食事の様子を伺うと、「三食ちゃんと食べています」とのことでした。

ところが詳しく確認すると、次のような変化がありました。

  • 朝食はパンとコーヒーだけ
  • 昼食は麺類が多い
  • 夕食のおかずを半分ほど残す
  • 肉類を避けるようになった
  • 食事後半になると箸が止まる
  • 食事に40分以上かかる
  • 間食をほとんどしなくなった

つまり、「一日三回食べている」ことと「必要な量を食べられている」ことは同じではなかったのです。その後Q様は肺炎を発症し、臨床経過から誤嚥の関与も疑われました。退院後、再発予防について当院へご相談されました。

当院での評価

まず体重の変化を確認しました

嚥下の評価というと、すぐに水や食べ物を飲み込んでいただくことを想像されるかもしれません。しかしQ様では、最初に確認した重要な情報の一つが体重の推移でした。ご本人は「最近ちょっと痩せた」程度に考えていましたが、半年で約5kg以上の減少です。意図しない体重減少にはさまざまな原因が考えられるため、「高齢だから」と決めつけることはできません。主治医とも情報を共有し、全身的な原因についても確認することにしました。

「飲み込めない」より「食べ続けられない」

実際の食事場面では、Q様に著しいむせはありませんでした。一口ずつであれば、比較的安定して飲み込めます。しかし15分ほどすると食べる速度が落ちました。さらに時間が経つと箸が止まり、「もういいや」と言います。奥様が「まだ半分残ってるよ」と声をかけても、「疲れたからいらない」と答えました。つまりQ様の問題は、「飲み込めない」ことより、「一食を最後まで食べ続ける力が低下している」ことにありました。

一方向ではなく「循環」で考える

ここで大切なのは、「食べる力が低下する→食事量が減る」という一方向だけで考えないことです。食事量が減る、体重が減る、筋肉量や体力が低下する、食事姿勢を保ちにくくなる、噛むことや飲み込むことにも疲れやすくなる、さらに食べられなくなる。こうした循環が生じる可能性があります。もちろん、体重が減ったから直ちに嚥下機能が低下する、あるいは誤嚥性肺炎になると断定することはできません。しかし、栄養状態は誤嚥性肺炎の予防を考えるうえでも無視できない要素の一つです。

Q様は以前より外出が減っていました。肺炎になる半年ほど前から、「歩くと疲れる」と言って散歩へ行かなくなり、日中も椅子に座っている時間が増えていました。食べる量が減る、体重が減る、動かなくなる、さらに筋力が低下する。ここでも悪循環が考えられました。そこでQ様では、嚥下だけを単独で改善しようとするのではなく、口腔・嚥下・栄養・運動を一緒に考える方針としました。

対処・介入

  • 体重減少の原因を医学的に確認する:体重が減っているからといって、「もっと食べればいい」だけで終わらせないことが重要です。意図しない体重減少には、さまざまな疾患や薬剤、心理的要因などが関係することもあります。そのため主治医と情報を共有し、必要な医学的評価を受けていただきました。
  • 「食卓についたか」ではなく「どれだけ食べたか」を見る:ご家族には、実際にどのくらい食べたかを見るようお願いしました。毎日細かなカロリー計算をする必要はありません。主食を半分残す、おかずをほとんど食べない、以前好きだった食品を避ける。こうした変化を見るだけでも重要な情報になります。
  • 一度にすべてを摂ろうとしない:Q様は食事が長くなるほど疲れていました。そこで一回の食事ですべてを無理に摂ることだけにこだわらず、管理栄養士などとも相談しながら、ご本人の負担を考えた食事内容や摂取方法を検討しました。
  • 食べない理由をお口からも探す:確認すると、奥歯の一部に咀嚼しにくい部分がありました。ご本人が肉を避けるようになった背景には、「硬いものを噛むのが面倒」という理由もありました。そこで歯科的な問題を確認し、必要な対応を行いました。食べない理由をすべて「食欲がない」で済ませないことも大切です(噛む力と食事内容の関係は入れ歯が合わなくなったケースもご参照ください)。
  • 食べることと動くことを一緒に考える:主治医やリハビリテーションスタッフと相談し、全身状態に合わせて無理のない範囲で身体活動を増やしました。食べることと動くことを別々に考えず、生活全体を立て直していくことを目標にしました。

経過

数か月にわたり、口腔状態、嚥下機能、栄養、身体活動を継続して確認しました。食事内容や食べ方を調整したことで、一回の食事で疲れ切ってしまうことが少なくなりました。お口の問題にも対応し、以前避けていた食品の一部も食べられるようになりました。食事量は徐々に安定し、体重減少にも歯止めがかかりました。ご家族とも、食卓に出した量ではなく、実際に食べた量を見るという視点を共有できました。その後も主治医などと連携しながら経過をみています。

※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。栄養状態の改善によって肺炎を防げたと断定することはできません。しかしQ様では、体重減少を年齢のせいで片づけず、食べる力と栄養の両面から考えたことが、再発予防の重要なポイントとなりました。

ご家庭でできる予防のポイント

高齢のご家族では、「食べているか」だけでなく次のような変化にも注目してみてください。

  • 最近、体重が減っていないか
  • ベルトや服が緩くなっていないか
  • 一食を完食できなくなっていないか
  • 食事後半に箸が止まっていないか
  • 肉や野菜など特定の食品を避けていないか
  • 食事時間が長くなっていないか
  • 「食べると疲れる」と言っていないか
  • 歩く量や外出が減っていないか
  • 椅子から立ち上がる力が弱くなっていないか

特に、意図しない体重減少が続く場合には「高齢だから」と自己判断せず、医療機関へご相談ください。

おわりに

誤嚥性肺炎の予防では、「誤嚥しないように食べる」ことだけを考えてしまいがちです。しかし、食事を安全にしようとするあまり食べられるものを減らし続ければ、栄養状態が悪化する可能性があります。一方で、栄養を摂らせることだけを優先して、現在の嚥下機能に合わない食事を無理に続けることも適切とは限りません。

必要なのは、安全に食べることと、必要な栄養を摂ることの両立です。口から食べる、身体を動かす、筋力を維持する、また食べる。この良い循環をできるだけ維持することが、長期的な誤嚥性肺炎の予防につながる可能性があります。体重は単なる数字ではありません。患者さんの「食べる生活」が変化していることを教えてくれる、大切なサインの一つです。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。

当院のワンポイント

「食べられるか」だけでなく、「食べ続けられているか」を見る。高齢の方の食事では、三食食べている、むせていない、口から食べている、それだけで安心せず、体重は維持できているか、実際の摂取量は減っていないか、食事後半に疲れていないか、活動量まで落ちていないかにも目を向けてみてください。

誤嚥性肺炎の予防を、「誤嚥を減らす」だけの対策から、「食べるための身体そのものを守る」予防へ。口腔・嚥下・栄養・運動は別々ではありません。体重が静かに減り始めたとき、それは「食べる力」の変化を知らせる最初のサインかもしれません。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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