薬剤が原因だった嚥下障害と誤嚥性肺炎 ― 「薬の見直し」が再発予防につながったケース
これまで脳卒中後遺症、パーキンソン病、認知症、誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者、サルコペニア・低栄養、口腔機能低下症、介護施設、在宅療養、COPD、胃食道逆流症(GERD)、糖尿病と、さまざまな背景による誤嚥性肺炎をご紹介してきました。今回は、高齢者では決して珍しくない「薬剤性嚥下障害」についてご紹介します。
高齢になると、高血圧、糖尿病、不眠症、認知症など複数の病気を抱えることが多くなります。その結果、多くの薬を服用するようになりますが、一部の薬剤は嚥下機能や口腔機能に影響を与え、誤嚥性肺炎のリスクを高めることがあります。本症例は、実際によく経験する経過をもとに構成した典型的な複合症例です。
症例:M様(82歳・女性・仮名)
高血圧、糖尿病、不眠症、軽度の認知症があり、複数の医療機関へ通院していました。毎日10種類近い薬を服用していましたが、ご家族から次のようなご相談がありました。
- 最近ぼんやりしていることが増えた
- 食事に時間がかかる
- 水分でむせることがある
- 日中も眠そうにしている
ある日、38℃台の発熱と咳が続き、病院で誤嚥性肺炎と診断され入院しました。肺炎は改善しましたが、再発予防を目的として当院を受診されました。
当院での評価
当院では嚥下機能だけでなく、服薬状況についても詳しく確認しました。
嚥下内視鏡検査(VE)
VEでは、嚥下反射の遅延、軽度の咽頭残留、水分での喉頭侵入が認められました。しかし重度の嚥下障害ではなく、「なぜ肺炎になったのか」を十分に説明できる所見ではありませんでした。
嚥下エコー
舌骨運動は保たれていましたが、嚥下開始までの時間が延長し、咽頭残留も認められました。被ばくがなく繰り返し評価できるため、経過観察のために定期的に嚥下エコーを行うことにしました。
服薬内容の確認
服薬内容を確認すると、睡眠薬、抗不安薬、抗コリン作用を有する薬剤などが処方されていました。これらの薬剤は、眠気、注意力の低下、口腔乾燥、嚥下反射の低下などを引き起こし、誤嚥性肺炎の危険性を高めることがあります。また、多剤併用(ポリファーマシー)も問題となっていました。
対処・介入
- 主治医との連携:内科・精神科の主治医と相談し、服薬内容を見直しました。眠気の強い薬剤を減量し、重複していた薬剤も整理しました。
- 嚥下リハビリテーション:言語聴覚士による嚥下訓練を開始しました。食事中の姿勢や一口量についても見直しました。
- 口腔ケア:歯科衛生士による専門的口腔ケアを開始し、口腔乾燥に対する保湿ケアも併用しました。
- 薬剤師との連携:薬剤師が服薬状況を確認し、飲み忘れや重複処方がないかについても継続的に確認しました。
※ 薬剤の変更・中止は必ず主治医の管理のもとで行います。当院が薬の内容を単独で変更することはありません。自己判断で薬を中止・変更しないでください。
経過
約3か月後の再評価では、日中の眠気の減少と、食事中の反応の改善が確認されました。嚥下エコーでも嚥下開始時間の改善が認められ、むせ込みも減少しました。その後1年以上、誤嚥性肺炎の再発なく生活されています。
※ 改善の程度には個人差があり、薬剤調整の効果も一人ひとり異なります。すべての薬剤を中止できるわけではありません。主治医との十分な相談が必要です。
ご家庭でできる予防のポイント
- 最近眠そうな時間が増えていないか観察する
- 新しい薬を開始してからむせが増えていないか確認する
- 口の乾燥を放置しない
- 自己判断で薬を中止しない
- 定期的に服薬内容を見直してもらう
- 気になる変化があれば医師や薬剤師へ相談する
おわりに
高齢者では、多くの薬を服用すること自体が悪いわけではありません。しかし、薬の種類や組み合わせによっては、眠気や口腔乾燥、嚥下反射の低下などが生じ、誤嚥性肺炎の発症につながることがあります。
私たちは、「病気を診る」だけではなく、「薬が患者さんにどのような影響を与えているか」という視点も大切にしています。誤嚥性肺炎を予防するためには、歯科医師だけでなく、主治医、薬剤師、看護師、リハビリテーションスタッフなど、多職種が協力しながら患者さんを支えることが重要です。摂食嚥下障害についてもあわせてご覧ください。
当院のワンポイント
「薬を飲んでいるから安心」とは限りません。高齢者では、薬が増えることで副作用や相互作用が現れ、「食べる力」や「飲み込む力」が低下することがあります。
当院では、嚥下内視鏡検査(VE)や嚥下エコーによる評価だけでなく、服薬内容や生活状況まで含めて総合的に確認し、必要に応じて主治医や薬剤師と連携しながら誤嚥性肺炎の予防に取り組んでいます。「薬を減らすこと」が目的ではなく、「安全に食べ続けられる生活」を守ることが私たちの目標です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。