「食後になると鼻水が出る」― 食事中の「鼻水」から嚥下の変化を考える
「食事をすると、決まって鼻水が出るんです。年のせいでしょうか」。高齢になると、食事中や食後に鼻水が出る方がいます。熱いものや辛いものを食べたときに鼻水が出ることは珍しくなく、鼻水そのものが誤嚥を意味するわけではありません。しかし、以前にはなかった鼻水が食事のたびに目立つようになり、それと同時に咳、声の変化、食事時間の延長などがみられる場合には、「食事中に何が起きているのか」を一度丁寧に観察するきっかけになります。今回ご紹介するのは、「食事中の鼻水」を単なる加齢変化と思っていたものの、よく観察すると、食事後半にいくつかの嚥下に関連する変化が重なっていた患者さんです。
なお、食前と食後の声の聞き比べについては食後の声の変化から考えたケース、食事の後半にむせが出る疲労の影響については食事後半の疲労から考えたケースでご紹介しています。本記事は食事中の鼻水をきっかけに、一つのサインではなく「サインの組み合わせ」を見ることに絞ってご説明します。
※ 本症例は、臨床でみられる状況を参考に構成した架空の複合症例です。
症例:AO様(83歳・男性・仮名)
奥様と二人暮らしです。数年前に軽い脳梗塞を経験しましたが、大きな後遺症はなく、食事も自分で摂っていました。奥様が気になっていたのは、「ご飯を食べ始めると鼻水が出る」ことでした。最初は温かい味噌汁を飲んだときだけでした。ところが最近は、ご飯やおかずを食べている途中にも鼻水が出るようになりました。AO様はティッシュで鼻を拭きながら、「年を取ると、なんでも緩くなるんだよ」と笑っていました。食事中に激しくむせることはありません。そのため、奥様も特に心配していませんでした。しかし、よく思い返してみると、「最近、食事の後半になると咳払いが増えた」「食後の声が少しガラガラする日がある」「食事時間も長くなった」という変化がありました。その後AO様は肺炎を発症しました。退院後、誤嚥の関与も含めた再発予防について当院へ相談されました。
当院での評価
まず重要だったのは、「鼻水=誤嚥」と決めつけないことでした。食事に伴って起こる鼻水には、いわゆる味覚性鼻炎など、嚥下とは別の要因もあります。そこで鼻水だけを見るのではなく、食事全体を観察しました。AO様は食事開始時には比較的安定しています。ところが後半になると、一口を処理する時間が長くなる、ときどき咳払いをする、食後に少し湿ったような声になるという変化がみられました。さらに、鼻水が出るタイミングと、咳や声の変化が起こるタイミングについても確認しました。この段階では、「鼻水の原因は誤嚥です」とは判断せず、鼻症状とは別に嚥下機能についても評価する必要があると考えました。
鼻水だけでは誤嚥を判断できません
ここは、ご家庭でも特に注意していただきたい点です。食事中に鼻水が出る。それだけで、「誤嚥している」「肺炎になる」と考える必要はありません。熱い料理や香辛料などをきっかけに鼻水が出る方もいます。また、鼻炎など別の病気が関係している場合もあります。一方で大切なのは、「以前と違う変化が出てきた」という事実です。特に、鼻水と咳払い、鼻水と湿った声、鼻水と食事時間の延長、鼻水と食事量低下、鼻水と肺炎の反復など、複数の変化が重なっている場合には、鼻水だけを問題にするのではなく、食事・嚥下・呼吸・全身状態を含めて確認する価値があります。
対処・介入
まず、何を食べたときに出るのか、食事開始直後か後半か、温かい料理だけか、すべての食事で起こるのかを記録しました。これによって、単に「いつも鼻水が出る」よりも具体的な情報になります。
ご家族には、鼻水だけでなく、咳、咳払い、声、呼吸、食事時間、口腔内残留なども一緒に見てもらいました。誤嚥性肺炎予防では、一つの症状だけで判断するのではなく、複数の小さな変化を組み合わせて考えることが重要です。
AO様では、食事開始直後よりも後半に変化が目立ちました。そのため、最初の数口だけを見て、「今日は大丈夫」と判断しないようにしました。疲労によって食事後半の状態が変化する方もいます。
鼻水が強い場合には、鼻炎などの可能性について医科での評価も検討します。「嚥下の問題だから歯科だけ」「鼻水だから耳鼻科だけ」と分けるのではなく、必要に応じて関係する専門職が情報を共有することが大切です。
肺炎の既往があり、食後の咳払い、声の変化などもみられたため、嚥下機能についても評価しました。必要に応じて嚥下内視鏡検査(VE)や嚥下造影検査(VF)などの専門的評価につなげます。鼻水だけを根拠に検査するのではなく、患者さん全体の症状から必要性を判断することが重要です。
経過
奥様は、それまで鼻水は鼻の問題と考えていました。しかし、その後は鼻水そのものよりも、食事中に以前と違うことが起きていないかを見るようになりました。すると、疲れている日は後半の咳払いが多い、食後に声が変わる日は食事時間も長いなど、これまで気づかなかった変化も見えるようになりました。口腔・嚥下状態、食事方法、全身状態を継続して確認し、鼻症状についても必要に応じて医科と情報共有しました。
もちろん、鼻水を観察することで肺炎を予防できると断定することはできません。また、AO様の肺炎と食事中の鼻水に直接的な因果関係があったと判断することもできません。しかし、一見嚥下とは関係なさそうな変化をきっかけに、食事全体を見直したことは、再発予防を考える重要な一歩になりました。
ご家庭でできる予防のポイント
食事中に鼻水が出る方では、「鼻水が出た」だけで終わらせず、次の点も一緒に観察してみてください。
- 以前にはなかった鼻水ではないか
- どの食べ物でも出るのか
- 熱い料理のときだけではないか
- 食事後半ほど増えていないか
- 同時に咳や咳払いが増えていないか
- 食後に声がゴロゴロしていないか
- 食事時間が以前より長くなっていないか
- 食事量や体重が低下していないか
- 肺炎を繰り返していないか
鼻水だけで誤嚥を判断することはできません。だからこそ、「鼻水が出るから危険」ではなく、「他に何が一緒に起きているか」を見ることが大切です。
おわりに
高齢者の食事を観察していると、「年だから仕方ない」と思ってしまう変化がたくさんあります。鼻水、咳払い、声の変化、食事時間、食べこぼし、姿勢。一つひとつは小さな変化です。そして、その一つだけで誤嚥を診断することはできません。しかし、小さな変化がいくつも重なってきたとき、それは専門的な評価を考えるサインになることがあります。誤嚥性肺炎予防で大切なのは、「この症状があれば誤嚥」という単純なチェックではありません。その人の「以前」と「今」の違いを見ること。日々一緒に食事をしているご家族だからこそ気づける変化があります。
当院のワンポイント
一つのサインで判断せず、「サインの組み合わせ」を見る。鼻水だけなら、誤嚥とは限りません。しかし、鼻水と咳払い、鼻水と声の変化、鼻水と食事時間の延長、鼻水と肺炎の反復と変化が重なれば、一度専門職へ相談する理由になります。誤嚥性肺炎予防を、「一つの症状を探す予防」から「小さな変化をつなげて考える予防」へ。ご家族の「最近、なんとなく前と違う」という感覚は、決して軽視できない観察情報です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。