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症例紹介

「やわらかいものばかり選ぶようになった」― 舌の力と食べ物のまとまり

最近、食事の好みが変わった。かたいものを避け、やわらかいものばかり選ぶようになった。こうした変化は、「年をとったから」と受け止められがちです。しかし、その背景に、舌の力の低下が関わっている場合があります。今回は、舌の力に着目した症例をご紹介します。

なお、口腔機能低下症の全体像については口腔機能低下症が背景にあったケース、「食べにくくなった」という変化の始まりについてはオーラルフレイルから始まったケースでご紹介しています。本記事は「やわらかいものばかり選ぶ」という変化と、舌の力に絞ってご説明します。

※ 本症例は、実際の複数の症例をもとに再構成した架空の複合症例です。特定の個人を指すものではありません。

症例

70代の男性です。ご自宅で奥様と二人暮らしをしておられます。数か月前から、以前は好んでいた肉や野菜の煮物を残すようになり、うどんやおかゆ、豆腐など、やわらかいものを選ぶことが増えました。奥様は「食べるのに時間がかかるようになった」「食後に口の中に食べ物が残っていることがある」と感じておられました。

ご本人は、食事の量はそれほど減っていないと話されましたが、以前より体重が少し減ったように感じるとのことでした。むせることは、時々ある程度で、熱や痰が増えるといった様子は、その時点ではみられていませんでした。

当院での評価

まず、お口の中の状態を確認しました。歯の状態や義歯の適合には大きな問題はなく、お口の中の汚れも少ない状態でした。次に、舌の動きを確認しました。舌を前に出していただくと、まっすぐ出しにくく、上あごに押しつける力も弱い様子でした。

さらに、舌の力を測る検査(舌圧検査)を行いました。舌圧は、舌と上あごで食べ物をつぶしたり、まとめたりする力の目安になります。日本歯科医学会の口腔機能低下症の診断基準(「口腔機能低下症に関する基本的な考え方」令和6年3月)では、舌圧が30kPa未満の場合を、低下の目安の一つとしています。この方の測定値は、この目安を下回っていました。

なお、口腔機能低下症の判断は、舌圧だけでなく、咬む力、口の中の乾燥、口唇や舌の動きの速さなど、複数の項目を総合して行います。今回は、舌の力の低下に関する所見が見られたという位置づけで、経過をみることにしました。

舌の力が低下するとどうなるのか

食べ物を口の中でまとめ、のどへ送り込むとき、舌は中心的な役割を果たしています。舌の力が弱くなると、かたいものを上あごに押しつけてつぶすことが難しくなり、食べ物がまとまりにくくなります。また、食べ物を奥へ送り込む力が弱くなることで、口の中やのどに食べ物が残りやすくなる場合があります。

やわらかいものを選ぶようになる変化は、本人が無意識のうちに、食べやすいものを選んでいる結果である可能性があります。ただし、やわらかいものばかりになると、食事の栄養バランスが偏ったり、舌を使う機会がさらに減ったりすることも考えられます。

対処・介入

ご本人とご家族に、検査の結果と、舌の力が食事にどう関わるかをお伝えしました。そのうえで、無理のない範囲で、次のような取り組みを提案しました。

舌の運動として、舌を前に出す、左右に動かす、上あごに押しつける、といった動きを、食事の前などに数回ずつ行っていただきました。口の動きに関する体操は、状態に合わせて内容や回数を調整する必要があるため、当院で実際にやり方を確認し、ご家庭でも同じように行えるようにしました。

食事面では、かたいものを避け続けるのではなく、食べやすく調理を工夫することを提案しました。たとえば、野菜や肉を細かく切る、やわらかく煮る、とろみのあるあんをかける、といった工夫です。食べにくさの程度によっては、食形態の見直しが必要になる場合もあるため、主治医や管理栄養士、言語聴覚士などと相談しながら進めることにしました。

また、体重の変化も気になるため、ご家庭で定期的に体重を測っていただくようお願いしました。

経過

その後の数か月間、舌の運動を継続していただき、定期的に舌圧を測定しました。舌圧の測定値は、少しずつ上がってきており、奥様によると、食べるのに時間がかかる様子が減ってきたように感じるとのことでした。

ただし、この期間には食事内容の工夫や生活リズムの変化も重なっており、舌の運動だけが変化の理由とは言い切れません。引き続き、舌の力や食事の様子を確認しながら、経過をみていくことにしています。

ご家庭でできる予防のポイント

食事の好みが急に変わったときは、「年のせい」と片づけず、舌や口の動きにも目を向けてみてください。かたいものを避けるようになった、食べるのに時間がかかる、食後に口の中に食べ物が残る、食べこぼしが増えた、といった様子は、口の機能が変化しているサインかもしれません。

舌の運動は、決まった回数を無理なく続けることが大切です。痛みや疲れがあるときは無理をせず、やり方に不安があれば、歯科医師や言語聴覚士などの専門職に確認してください。また、体重が減ってきた、むせが増えた、発熱や痰が増えたといった場合は、早めに医療機関へ相談しましょう。

おわりに

「やわらかいものが好きになった」という変化の裏側には、舌の力の低下が隠れていることがあります。小さな変化に早めに気づき、お口の機能を確認することが、食事を安全に、楽しく続けるための第一歩になるかもしれません。

当院のワンポイント

食べ物の好みの変化は、口の機能からのメッセージかもしれません。「かたいものを避ける」「食後に口に残る」と感じたら、舌の動きと力を、一度調べてみましょう。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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