お皿の中身が見えにくい ― 視覚と食事環境の見直し
食事の安全を考えるとき、口や喉の働きに目が向きがちですが、「目で見て食べ物を認識する」ことも、食事の大切な一部です。見えにくさがあると、食べ物の位置や量が分かりにくくなり、食事の進み方に影響することがあります。今回は、視力の低下に加えて、食器や照明の環境が合っていなかった方の症例をご紹介します。
なお、食事中の注意力と食卓の環境については食べ物を残すようになったケース、食具と一口量についてはスプーンの大きさと一口量のケース、体重の減少については低栄養のケースでご紹介しています。本記事は「見えにくさ」と食事の環境に絞ってご説明します。
※ 本症例は、実際の複数の症例をもとに再構成した架空の複合症例です。特定の個人を指すものではありません。
症例
80代の女性です。ひとり暮らしで、毎日の食事は、ヘルパーさんが作り置きしたものを温めて食べておられます。食事の形は普通食です。数か月前から、食事を残すことが増え、体重も少しずつ減ってきました。食事中にむせることもあり、ヘルパーさんが心配して、当院に相談されました。
ご本人は、「食べ物がよく見えない。何が入っているのか分からなくて、手が止まってしまう」と話しておられます。眼科には、数年前に通っていたものの、現在は受診していないとのことでした。
当院での評価
まず、普段の食事の環境を拝見しました。食卓は、窓から離れた位置にあり、照明が暗めでした。白いご飯を、白いお皿に盛り、白いテーブルクロスの上に置いていたため、食べ物と器の境目が分かりにくい状態でした。
実際に食べていただくと、スプーンを皿の縁にぶつけたり、食べ物をすくうのに時間がかかったりする場面がありました。食べ物を口に運ぶ前に、においで確かめるような様子もみられました。口の動きや舌の力には、大きな問題はみられませんでした。
ここから、むせや食事量の減少の背景に、見えにくさが関わっている可能性が考えられました。ただし、体重の減少には、ほかの原因が関わっていることも十分に考えられます。当院での観察だけでは、視覚の影響の程度を断定することはできません。
なぜ見えにくさが食事に影響することがあるのか
食事は、口に入れる前から始まっています。食べ物を見て、何であるか、どのくらいの量があるか、どこにあるかを認識することが、食べ始めや食べるペースに関わると、臨床の現場では一般に考えられています。
視力や視野が低下したり、明るさや色の対比が弱かったりすると、食べ物と器の区別がつきにくくなり、食べ物をこぼす、食事を始めるのが遅れる、残してしまうといったことが起こりやすくなる場合があります。また、何を口に入れるのか分かりにくいことで、不安や緊張が生じ、食事への意欲に影響する可能性も指摘されています。ただし、影響の大きさには個人差があり、見えにくさがあれば必ず食事に支障が出るとは限りません。
対処・介入
まず、眼科の受診をお勧めしました。見えにくさの原因によっては、治療や、眼鏡の調整で改善する場合があります。ご本人とヘルパーさんにも、受診の予定を相談してもらいました。
次に、食事の環境を整えました。食卓を窓際の明るい位置に移し、照明が暗い場合は、手元を照らす明かりを足しました。さらに、食べ物と器の色の対比がはっきりするよう、白いご飯には濃い色のお茶碗を使い、テーブルクロスも器と違う色のものに変えました。
あわせて、声かけを工夫しました。ヘルパーさんには、配膳のときに、食べ物の位置と内容を、「ご飯は右手前、お味噌汁は左奥です」のように、ひと言添えていただくことをお願いしました。食器の配置を毎回同じにすることも、手がかりになりやすいと考えられます。
経過
数週間後、ヘルパーさんからは、食事を残す量が減ったように感じるとのお話がありました。ご本人も、何があるか分かるので安心して食べられると感じておられるようです。眼科の受診も予定が決まりました。
ただし、この時期には、季節や体調の変化もあり、食事環境の見直しだけが変化の理由とは言い切れません。体重の変化についても、引き続き経過をみていく必要があります。
ご家庭でできる予防のポイント
食事のときのご本人の様子を、一度観察してみましょう。食べ物をよくこぼす、皿の縁にスプーンをぶつける、食べ始めるまでに時間がかかる、食べ物を手探りで確かめている。こうした様子が見られることがあります。食卓の明るさや、器と食べ物の色の対比、配膳の位置も、あわせて見てください。
照明を足す、器の色を変えるといった工夫は、身近なところから始められます。ただし、見えにくさの原因は人によって異なり、環境の工夫だけでは解決しないこともあります。見えにくさが気になるとき、食事量や体重が減っているとき、むせが続くとき、発熱や痰の増加がみられるときは、眼科や、早めに歯科や主治医へ相談してください。
おわりに
食べる力は、口や喉の働きだけで決まるものではありません。目で見て、においを感じ、安心して食べ始められる環境が整って、はじめて食事は進みます。見えにくさへの配慮は、見落とされがちな視点ですが、食事の安全と楽しみを支える大切な要素の一つだと考えています。
当院のワンポイント
食事を残すようになったときは、食べ物の形だけでなく、食卓の明るさや器の色にも目を向けてみてください。見えにくさが疑われるときは、眼科の受診もあわせてご検討ください。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。