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症例紹介

口腔ケアを嫌がる ― 声かけと手順の見直し

口腔ケアは、口の中を清潔に保ち、誤嚥性肺炎の予防にもつながると考えられている大切なケアです。一方で、ご本人が口を開けてくれない、歯ブラシを嫌がるといった場面は、ご家族や介護者の方から多く寄せられる悩みです。今回は、口腔ケアを嫌がるようになった認知症のある方に、関わり方を見直した症例をご紹介します。

なお、口の中の痛みが隠れている場合については口腔内の痛みのケース、口をゆすぐときのむせについてはうがいでむせるようになったケース、認知症のある方の食事の環境については食べ物を残すようになったケースでご紹介しています。本記事は口腔ケアを嫌がるときの関わり方に絞ってご説明します。

※ 本症例は、実際の複数の症例をもとに再構成した架空の複合症例です。特定の個人を指すものではありません。

症例

80代の女性です。数年前に認知症と診断され、現在は娘さんと同居しておられます。食事は自分で食べることができますが、歯みがきについては、数か月前から、娘さんが声をかけても口を閉じてしまい、歯ブラシを持つ手を払いのけることが増えました。

娘さんは、「無理に磨くと怒ってしまうし、かといって磨かないと口の中が心配」と話され、当院に相談に来られました。口臭や、食べかすが口の中に残っている様子もみられるとのことです。

当院での評価

まず、普段の口腔ケアの様子を伺いました。娘さんは、洗面所で後ろから声をかけ、すぐに歯ブラシを口に入れていました。ご本人は、急に口の中に物を入れられることに驚き、身を引いてしまう様子でした。

口の中を拝見すると、歯の周りに汚れが残り、舌の上にも白い汚れがみられました。入れ歯はなく、残っている歯に痛みや腫れはなさそうでした。口腔内に強い痛みがあって嫌がっている可能性は低いと考えられましたが、痛みがないとまでは言い切れないため、診察時の反応をよく確認しました。

口腔ケアを嫌がる理由は、一つとは限りません。痛みや不快感のほかに、何をされるのか分からない不安、後ろから近づかれることへの驚き、慣れた手順との違いなどが重なっている可能性があります。当院での限られた場面の観察であり、原因を断定することはできません。

なぜ口腔ケアを嫌がることがあるのか

口の中は、他人に触れられることに敏感な場所です。認知症のある方では、これから何が始まるのかを理解しにくくなり、突然の接触を「危害を加えられる」ように感じて、拒否する反応が出ることがあると、臨床の現場では一般に考えられています。

ただし、その背景は個人差が大きく、同じ関わり方で全員が受け入れてくれるとは限りません。無理に口を開けさせようとすると、不信感が強まり、かえって拒否が強くなる場合があります。口腔ケアは、安全に、ご本人の尊厳を守りながら行うことが前提です。

対処・介入

まず、関わり方を見直しました。後ろから近づくのではなく、ご本人の正面かやや横から、視線の高さを合わせて、これから何をするのかを短い言葉で伝えていただくようお願いしました。いきなり歯ブラシを口に入れず、まず手や頬に軽く触れて、安心してもらってから進める方法も提案しました。

次に、時間と場所を変えました。洗面所は、立ち続けるのが負担になるため、椅子に座って、落ち着いて行える場所に変えました。時間帯は、ご本人の機嫌が比較的よい時間を選び、食後すぐでなくてもよいことをお伝えしました。

さらに、手順を単純にしました。最初から全部を磨こうとせず、短い時間で済ませ、できたらその場でねぎらうことを大切にしました。ご本人が自分で歯ブラシを持てる場合は、持っていただき、介助は最小限にするよう工夫しました。

経過

数週間後、娘さんからは、以前より口を開けてくれる日が増えたとのお話がありました。ただ、日によって受け入れの程度は異なり、全く嫌がらない日ばかりではないとのことです。

この時期には体調や機嫌の波もあり、関わり方の見直しだけが変化の理由とは言い切れません。引き続き、無理のない範囲で続けながら、口の中の状態を確認しています。

ご家庭でできる予防のポイント

口腔ケアを嫌がるときは、まず、ご本人がいつ、どんな場面で嫌がるのかを観察してみましょう。後ろから近づいていないか、急に口に触れていないか、時間帯や場所は適切か。こうした点が見つかることがあります。

声かけの仕方や時間、場所を変えるだけで、受け入れが変わることがあります。ただし、合う方法は人によって異なります。無理に押さえつけて行うことは、ご本人にもご家族にも負担となり、危険な場合もあります。ご自身やご家族の判断だけで抱え込まず、嫌がる様子が強いとき、口の中に痛みや腫れが疑われるとき、発熱や痰の増加がみられるときは、早めに歯科や主治医へ相談してください。

おわりに

口腔ケアを嫌がる背景には、ご本人なりの理由があります。上手に磨くことだけを目標にせず、安心して受け入れてもらえる関わり方を探していくことが大切です。ご家族だけで悩まず、歯科や介護の専門職と一緒に、続けられる方法を見つけていければと考えています。

当院のワンポイント

口腔ケアを嫌がるときは、磨き方の前に、近づき方や声かけを見直してみてください。合う方法は人によって違いますので、迷ったらご相談ください。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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