施設で肺炎を繰り返す ― 日々の口のケアと専門的な口腔ケアの組み合わせ
「施設で毎日歯みがきをしてもらっているのに、肺炎を繰り返します」。ご家族から、こうしたご相談を受けることがあります。口の中の細菌は、唾液や食べ物とともに気管に入ると、肺炎の原因になる可能性があります。口の中を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎の予防の基本とされていますが、日々のケアが十分に行き届いているとは限りません。今回は、日々のケアに、歯科専門職による定期的なケアを組み合わせた方の症例をご紹介します。
なお、介護施設全体で誤嚥を防ぐ仕組みづくりは介護施設のケース、入れ歯の洗い方と保管は入れ歯の衛生管理のケース、口腔ケアを嫌がられる場合は口腔ケアを嫌がるケースでご紹介しています。本記事は毎日のケアに、歯科専門職による定期的なケアを組み合わせることに絞ってご説明します。
※ 本症例は、実際の複数の症例をもとに再構成した架空の複合症例です。特定の個人を指すものではありません。
症例
80代の女性です。数年前に脳梗塞を起こし、現在は介護施設に入所しておられます。食事は、刻んだ食事をスプーンで介助を受けながら召し上がっています。この1年で、発熱を伴う肺炎で2回入院されました。入院中に食事の形態を調整し、現在は、むせは目立ちません。
施設では、食後に職員が歯みがきを行っています。ただ、日勤と夜勤で職員が入れ替わり、人手の少ない時間帯もあるため、ケアの仕方に差があるとのことでした。施設の看護師から、「口の中のことは歯科に相談したい」とお話があり、当院が訪問することになりました。
当院での評価
口の中を拝見すると、前歯の周りは比較的きれいでしたが、奥歯の裏側や歯と歯ぐきの境目に、歯垢が付着していました。舌の表面には厚い汚れがあり、上あごにも、乾燥した痰のような付着物がありました。歯ぐきには赤みがあり、出血しやすい状態でした。部分入れ歯は、夜間に外されていましたが、洗浄が十分ではなく、汚れが付着していました。
職員の方が行う歯みがきの様子も拝見しました。短時間で行われており、歯ブラシが届きにくい部分に汚れが残りやすいことが分かりました。ご本人は、口を大きく開けることが難しく、ケアに時間がかかる様子でした。
なお、今回の肺炎の原因が、口の中の細菌によるものなのか、食べ物の誤嚥によるものなのか、別の要因によるものなのかは、当院の観察だけでは判断できません。肺炎の診断や、飲み込みの評価は、主治医や嚥下の評価ができる医療機関が行うものです。
口のケアと肺炎の関係について
研究としては、日本の介護施設で行われた試験があります。2002年に報告された研究(Yoneyama ら、J Am Geriatr Soc誌)では、11の介護施設に入所する417名を、口腔ケアを行う群と、行わない群に分けて比較しました。口腔ケア群では、職員が毎食後に歯みがきを行い、場合によって消毒薬による清拭を加え、さらに歯科医師や歯科衛生士が週に1回、専門的なケアを行いました。その結果、口腔ケア群では、肺炎の発生、発熱した日数、肺炎による死亡のいずれも、有意に少なかったと報告されています。
ただし、この結果は慎重に受け止める必要があります。報告の要旨からは、観察期間や効果の大きさを確認できず、日々のケアと専門的なケアの、どちらがどれだけ効いたのかも分かりません。また、この研究は、日本の介護施設の入所者を対象としたものであり、ご自宅で暮らす方や、ほかの国の施設に、そのまま当てはまるとは限りません。研究者らも、口腔ケアが予防に役立つ「可能性がある」という慎重な結論を述べています。
したがって、口のケアが肺炎を確実に防ぐとまでは言えませんが、日々の清掃に専門職のケアを組み合わせることは、リスクを減らす可能性のある取り組みとして、検討する価値があると考えられます。
対処・介入
まず、施設の看護師と相談し、主治医にも情報を共有して、肺炎を繰り返していることを踏まえた口のケアの計画を立てました。肺炎の診断や、飲み込みの評価、治療の判断は、主治医が行うものであり、当院が単独で行うものではありません。
当院では、定期的に訪問して、歯科専門職による清掃を行うことにしました。歯垢や舌の汚れ、上あごの付着物を取り除き、歯ぐきの状態を確認します。あわせて、部分入れ歯の洗浄方法を職員の方にお伝えしました。
日々のケアについては、職員の方々と一緒に、ご本人に合った方法を検討しました。奥歯の裏側など汚れが残りやすい部位、口を開けにくい方への介助の工夫、舌の汚れの優しい取り除き方、保湿剤の使い方などを、実際の場面で共有しました。誰が行っても、同じ手順で行えるよう、簡単な手順書を作ることをお勧めしました。ケアの際は、むせや誤嚥を防ぐため、姿勢と水分の量に注意することが大切で、具体的な方法は、看護師や言語聴覚士の指導に従うようお伝えしました。
経過
その後、日々のケアの手順がそろい、定期的な訪問も続いています。歯ぐきの赤みは、以前より落ち着いてきました。ご本人の口の中の状態は、以前より清潔に保たれています。発熱の回数も、現時点では増えていません。
ただし、観察期間は短く、変化の理由が口のケアだけによるものとは言い切れません。季節や体調の波、食事形態の調整、ほかの要因も影響している可能性があります。肺炎を繰り返さないかどうかは、今後も経過をみていく必要があります。
ご家庭やご家族ができる予防のポイント
施設に入所している場合でも、ご家族が、口の中の状態に関心を持つことが大切です。面会の際に、口の中が乾燥していないか、舌に汚れが付いていないか、入れ歯が汚れていないか、口臭が強くなっていないかを、見てみてください。気になることがあれば、施設の職員や看護師に伝えてください。
口のケアの方法は、ご本人の状態によって異なるため、自己判断で強い力で磨いたり、市販の洗浄剤を使ったりせず、歯科や施設の専門職の指導を受けてください。発熱や痰の増加、食事中のむせが続く場合は、早めに歯科や主治医へ相談してください。
おわりに
口の中を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎の予防を考えるうえで、基本となる取り組みです。ただし、毎日の歯みがきを続けていても、行き届かない部分が残ることがあります。日々のケアと、歯科専門職によるケアを組み合わせ、施設の職員、看護師、主治医、ご家族が情報を共有しながら、無理のない形で続けていくことが大切です。
当院のワンポイント
口のケアは、毎日の積み重ねと専門職の確認の両方が大切です。気になる様子があれば、早めにご相談ください。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。