「入れ歯を外して寝ています。でも、ケースに入れっぱなしです」― 義歯の衛生管理から考える誤嚥性肺炎予防
「入れ歯は毎晩外しています。だから大丈夫だと思っていました」。義歯を使っている高齢者では、歯だけでなく義歯そのものの清潔を保つことも口腔管理の大切な一部です。ところが、「外すこと」と「清潔にすること」は同じではありません。今回ご紹介するのは、就寝前に義歯を外す習慣はあったものの、十分に清掃しないままケースに保管し、翌朝そのまま装着していた患者さんです。誤嚥性肺炎予防を、歯磨きだけではなく「毎日口の中に戻す義歯をどう管理するか」という視点から考えます。
なお、自分の歯がない方の舌や粘膜のケアについては総義歯と舌の汚れから考えたケース、部分入れ歯が合っているか(しっかり噛めているか)については部分入れ歯の不適合から考えたケースでご紹介しています。本記事は入れ歯そのものの洗い方と、保管ケースまで含めた衛生管理に絞ってご説明します。
※ 本症例は、臨床でみられる状況を参考に構成した架空の複合症例です。
症例:AL様(89歳・女性・仮名)
娘さん夫婦と自宅で生活していました。上下とも部分義歯を使用しています。食事は自分で摂ることができ、食欲もありました。娘さんは口腔ケアにも関心があり、「夜は必ず入れ歯を外すようにしています」と話していました。ところがAL様は、この1年ほどで肺炎を繰り返すようになりました。治療後、再発予防について当院へ相談されました。口腔内を確認すると、歯だけでなく義歯にも汚れが目立ちました。そこで、「入れ歯はどのように洗っていますか?」と尋ねました。娘さんは少し考えて、「母が水ですすいで、そのままケースに入れています」と答えました。さらに確認すると、義歯用ブラシはほとんど使用しておらず、ケース自体も毎日洗浄しているわけではありませんでした。翌朝になると、ケースから義歯を取り出し、水ですすいでそのまま口へ戻していました。
当院での評価
AL様では、残っている歯、歯肉、舌、頬粘膜などとともに、義歯の状態を確認しました。特に義歯の内側には、目で見ても分かる付着物がみられました。義歯は人工物ですが、口の中に入れて使用する以上、表面には汚れや微生物が付着します。そこでAL様では、「口の中を磨いているか」だけではなく、「義歯とその保管環境まで含めて清潔にできているか」を確認する必要があると考えました。また、義歯の適合状態や粘膜の傷、食後の口腔内残留なども併せて評価しました。
入れ歯にも汚れは付きます
「人工の歯だから虫歯にならない。だから、それほど磨かなくてもよい」と思われることがあります。確かに義歯そのものが虫歯になるわけではありません。しかし、義歯の表面には、食べかす、歯垢、細菌、真菌などの微生物が付着することがあります。特に義歯の内面や金具の周囲などは、汚れが残りやすい場所です。誤嚥性肺炎はさまざまな要因が関係して起こるため、「義歯が汚れていたから肺炎になった」と単純に断定することはできません。しかし、口腔内の衛生状態を整えることは、誤嚥性肺炎予防を考えるうえで重要な要素の一つです。その対象には、天然歯だけでなく義歯も含まれます。
対処・介入
まず、毎日の義歯管理方法を見直しました。食後や就寝前などに義歯を外し、流水下で義歯用ブラシなどを使って付着物を除去します。ただし、強くこすればよいわけではありません。義歯の材質や形状によって適切な管理方法が異なるため、歯科で確認することが大切です。
ご家族は、「歯磨き粉を付けてゴシゴシ磨いたほうがきれいになりますか?」と質問されました。一般的な歯磨剤には研磨剤が含まれるものがあり、義歯表面を傷つける可能性があります。そのため、義歯に適した清掃用品を使用するよう説明しました。
「洗浄剤に入れておけば、ブラシで洗わなくてもよい」と思われることもあります。しかし、付着した汚れを機械的に除去することも大切です。義歯洗浄剤を使用する場合も、製品の使用方法や歯科医師・歯科衛生士の指示を確認します。
AL様では、義歯を入れていたケースにも汚れがみられました。せっかく義歯を清掃しても、汚れたケースで保管していては十分とはいえません。そこで、義歯だけでなく保管容器も清潔にするという習慣をつくりました。
もう一つ重要な点があります。義歯をきれいにしても、残っている歯、歯ぐき、舌、頬粘膜などのケアが不要になるわけではありません。AL様では、義歯と口腔内を別々に清掃して、最後に両方を清潔な状態にするという考え方を共有しました。
経過
娘さんは、それまで、入れ歯を外して寝かせているから義歯管理はできていると思っていました。しかし実際には、外す、水ですすぐ、ケースに入れる、翌朝戻すという流れになっていました。そこで、外す、汚れを確認する、適切に清掃する、ケースも清潔にする、適切に保管するという流れへ変更しました。さらに歯や舌などの口腔ケアも継続しました。しばらくすると、義歯に目立っていた付着物は減り、ご家族自身も、毎日見ることで、どこに汚れが付きやすいかが分かるようになりました。
※ 改善の程度には個人差があり、状態や基礎疾患によって経過は異なります。もちろん、義歯を清潔にしたことだけで肺炎を予防できると断定することはできません。AL様についても、口腔・嚥下・栄養・全身状態を含めて継続的に確認しています。しかし、毎日口の中へ戻すものだからこそ、その清潔にも目を向けるという習慣は、誤嚥性肺炎予防を考える大切な一歩になりました。
ご家庭でできる予防のポイント
義歯を使用しているご家族がいる場合、一度管理方法を確認してみてください。
- 義歯を水ですすぐだけで終わっていないか
- 義歯の内側に白色や茶色などの付着物がないか
- 金具の周囲に汚れが残っていないか
- 義歯用ブラシなどを適切に使用しているか
- 洗浄剤だけに頼っていないか
- 義歯ケース自体が汚れていないか
- 義歯を外した後、口の中も清掃しているか
- 義歯が当たって粘膜に傷ができていないか
義歯の清掃方法や保管方法は、材質や設計によって注意点が異なる場合があります。分からない場合には、使用している義歯を歯科医院へ持参し、実際の清掃方法を確認してください。
おわりに
誤嚥性肺炎予防として、「歯を磨きましょう」と言われることは多いと思います。しかし、義歯を使用している方では、もう一つ確認してほしいものがあります。毎日、口の中に入れている義歯です。天然歯をきれいにする、舌や粘膜を確認する、義歯もきれいにする、そして、義歯を保管する環境も清潔にする。誤嚥性肺炎予防のための口腔ケアを、「歯磨き」だけで終わらせず、「口に入るもの全体の衛生管理」へ広げて考えることが大切です。
当院のワンポイント
入れ歯は「外したか」ではなく、「どう戻したか」まで見る。夜に義歯を外していても、汚れが付いたまま保管し、翌朝そのまま口へ戻しているなら、管理方法を一度見直してみましょう。そして忘れてはいけないのは、入れ歯を洗うことと、口の中をきれいにすることは別です。誤嚥性肺炎予防を、「歯を磨く口腔ケア」から「義歯を含めた口腔環境全体を整えるケア」へ。毎日使う入れ歯だからこそ、毎日の清潔管理が大切です。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。