肺炎で入院して絶食が続いたあと、飲み込む力が落ちた ― 絶食中の口のケアと、食事再開を見守る視点
「肺炎で入院して、しばらく何も食べられませんでした。退院したら、前よりむせるようになりました」。ご家族から、こうしたご相談を受けることがあります。誤嚥性肺炎の治療中は、安全のために食事を控えることがありますが、口を使わない期間が続くと、飲み込みに関わる筋肉の力や口の中の環境に影響が出る可能性があります。今回は、絶食を経て退院された方の、口の中の変化と、ご家庭での見守りについて、症例をご紹介します。
なお、退院後の食事内容の考え方は退院後の食事のケース、入院で全身の力が落ちた場合は入院後の廃用のケース、食後の声の変化は食後の声のケースでご紹介しています。本記事は絶食の期間があったあとの、口の中の変化と見守りに絞ってご説明します。
※ 本症例は、実際の複数の症例をもとに再構成した架空の複合症例です。特定の個人を指すものではありません。
症例
80代の男性です。数年前に脳梗塞を起こしましたが、自宅で、ご家族と暮らしながら、普通のやわらかい食事を召し上がっていました。今年に入り、誤嚥性肺炎の疑いで入院され、約2週間にわたり、食事を控える期間があったとのことです。
退院後は、主治医の指示のもと、食事の形態を調整して食べておられます。ただ、ご家族は、「以前より痩せてきた」「食事中によくむせる」「声がかすれている」と感じておられました。入院中は、歯みがきがほとんど行われなかったとのことで、訪問看護師から勧められ、当院が訪問することになりました。
当院での評価
口の中を拝見すると、唾液が少なく、全体に乾燥していました。舌には厚い汚れが付いており、歯と歯ぐきの境目には歯垢がたまっていました。歯ぐきには赤みがあり、出血しやすい状態でした。入れ歯の内側にも汚れが付着していました。舌や頬を動かす様子を拝見すると、入院前よりも動きが小さくなっているように見えました。
食事を召し上がる様子も拝見しましたが、口の中に食べ物を長くためる様子や、飲み込んだ後に声が変わる場面が見られました。ただ、これらが絶食によるものなのか、もともとの脳梗塞の影響なのか、年齢や体力の低下によるものなのかは、当院の観察だけでは判断できません。飲み込みの評価や、食事の形態の判断は、主治医や、嚥下の評価ができる医療機関、言語聴覚士が行うものです。
絶食と飲み込みの関係について
誤嚥性肺炎で入院した高齢の方の、食事の進め方について調べた研究があります。日本の研究者らによる後ろ向きの研究(Maeda ら、Clin Nutr誌、2016年)で、誤嚥性肺炎の331名を、医師が早期に口からの食事を指示した群と、いったん絶食とした群に分けて比べています。その結果、絶食の群では、入院後1週間の栄養の摂取が少なく、半数の方の治療が終わるまでの日数が、早期に食事を始めた群の8日に対して、13日と長く、飲み込む力の低下も大きかったと報告されています。
ただし、この結果は慎重に受け止める必要があります。この研究は、無作為に割り付けた試験ではなく、医師が患者さんの状態を見て判断した結果を、後から比べたものです。重症の方ほど絶食になりやすいなど、群の間の違いを統計的に調整していても、調整しきれない違いが残っている可能性があります。また、嘔吐や呼吸不全がある方は対象から除かれており、そのような方に当てはまるとは限りません。報告の要旨からは、死亡率などは確認できませんでした。
また、日本の病院を対象にした調査(Kenzaka ら、Tohoku J Exp Med誌、2016年)では、絶食の期間は最短にすべきだと考える医師が多い一方、実際には、25%を超える医師が、入院中に一定の日数、口からの食事を控えていると回答したことが報告されています。ただし、この調査の回答率は14.1%と低く、日本全体の状況を代表しているとは限りません。
したがって、絶食が飲み込む力の低下に関係している可能性はありますが、絶食が原因だと断定することはできません。また、食事を始めてよいかどうか、どのような形態から始めるかは、肺炎の重症度や全身状態、飲み込みの評価に基づいて、主治医が判断するものです。ご家族や、当院が決められることではありません。
対処・介入
まず、訪問看護師、主治医と情報を共有し、当院は、口の中の環境を整える役割を担うことにしました。食事の形態や量、食べる姿勢などは、主治医、言語聴覚士、看護師と決めていくものであり、当院が単独で決めるものではありません。
当院では、定期的に訪問して、歯垢や舌の汚れを取り除き、歯ぐきの状態を確認しました。乾燥した汚れは、保湿剤などで柔らかくしながら、粘膜を傷つけないよう慎重に行いました。入れ歯は、汚れを落とし、合っているかを確認しました。入れ歯が合わないと、食べにくさの一因になる可能性があるためです。
ご家族には、毎日のケアの方法をお伝えしました。口を湿らせること、歯ぐきに沿って優しく汚れを取り除くこと、舌の汚れを傷つけないように拭うことなどです。食事の場面では、むせの様子、食べ終わるまでの時間、食後の声の変化などを観察して、気になる点を記録し、主治医や言語聴覚士に伝えていただくようお願いしました。
経過
その後、口の中の乾燥と汚れは軽くなり、歯ぐきの赤みも落ち着いてきました。ご家族の記録をもとに、言語聴覚士が食事の形態を見直し、むせる場面は、以前より減ったとのことです。体重の減少も、現時点では、進んでいません。
ただし、観察期間は短く、変化の理由が口のケアだけによるものとは言い切れません。食事の形態の見直しや、体力の回復、季節や体調の波など、ほかの要因も影響している可能性があります。肺炎を繰り返さないかどうかは、今後も経過をみていく必要があります。
ご家庭やご家族ができる予防のポイント
入院で食事を控える期間があった場合、退院後は、食べる量や、むせの様子、声の変化、体重の変化に気を配ってみてください。口の中が乾燥していないか、舌に汚れが付いていないか、入れ歯が合っているかも、毎日確認してください。
食事の形態や進め方は、必ず主治医や言語聴覚士の指示に従い、自己判断で変えないでください。食事中のむせが続く、痰が増える、声がかすれる、発熱がある場合は、早めに歯科や主治医へ相談してください。
おわりに
肺炎の治療中は、安全のために食事を控える判断が必要な場合があります。一方で、口を使わない期間が長くなると、飲み込む力や口の中の環境に影響が出る可能性があります。治療中も、退院後も、口の中を清潔に保ち、食事の様子を観察して、主治医、看護師、言語聴覚士、歯科、ご家族が情報を共有しながら、無理のない形で食事を再開していくことが大切です。
当院のワンポイント
絶食のあとは、むせや声の変化に気を配り、気になることがあれば、早めにご相談ください。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。
※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。