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症例紹介

入れ歯をつけたまま眠っていた ― 夜間の義歯装着と肺炎のリスク

「入れ歯は、一日中つけておいたほうが安心」。そう考えて、夜も入れ歯をつけたまま眠っている方は少なくありません。ところが、高齢者を対象とした研究では、就寝中の義歯装着と肺炎の発症との関連が報告されています。今回は、夜間も義歯をつけたまま過ごし、微熱と朝の痰を繰り返していた方の症例をご紹介します。

なお、総義歯の方の舌や粘膜のケアについては総義歯の口腔ケアのケース、外した入れ歯の洗い方と保管については義歯の衛生管理のケース、入れ歯の合い具合については部分入れ歯の適合のケースでご紹介しています。本記事は夜、入れ歯をつけたまま眠ることに絞ってご説明します。

※ 本症例は、実際の複数の症例をもとに再構成した架空の複合症例です。特定の個人を指すものではありません。

症例

80代の女性です。ご家族と同居しており、日常生活はほぼ自立しています。上下とも総義歯で、食事は普通食を自分で食べておられます。この1年で、風邪のような微熱を繰り返し、そのうち1回は肺炎と診断されて入院されました。

ご家族によると、「入れ歯は外すと顔つきが変わってしまうのが嫌で、夜も外さずに寝ている」とのことです。最近は、朝起きたときに痰がからむ、口のなかがねばつく、口臭が気になるといった様子があり、ご家族が心配して当院を受診されました。

当院での評価

口の中を拝見すると、義歯の裏側と歯ぐきに接する面に、白っぽい汚れが付着していました。舌の表面にも汚れ(舌苔)があり、義歯に覆われている部分の歯ぐきは、赤みを帯びていました。口の中はやや乾燥しており、口角にも荒れがみられました。

食事の様子では、飲み込みに大きな問題はみられず、むせもありませんでした。ただし、義歯が少しゆるく、噛み切りにくそうな場面がありました。義歯の適合の不足は、食べる量や食べ方に影響することがあります。そこで、義歯の調整も必要だと判断しました。

なお、歯ぐきの赤みや口角の荒れの原因が、義歯の汚れによるものか、真菌(カンジダ)などの感染が関わっているのかは、見た目だけでは断定できません。必要に応じて、検査や治療を検討する必要があります。

夜間の義歯装着と肺炎の関係

日本の85歳以上の地域在住高齢者524人を3年間追跡した研究(Iinuma らによる、2015年の報告)では、就寝中に義歯をつけている方は、そうでない方に比べて、肺炎を発症するリスクが約2.3倍だったと報告されています。この研究では、就寝中に義歯をつけている方に、義歯や舌の汚れが多い、歯ぐきの炎症が強い、カンジダ菌が検出されやすいといった傾向もみられたとされています。

ここで注意が必要なのは、この研究が観察研究だという点です。観察研究では、夜間の義歯装着と肺炎に関連があることは示せますが、義歯をつけて寝たことが肺炎の原因だと断定することはできません。また、対象は85歳以上の高齢者であり、すべての方に同じ結果があてはまるとは限りません。

夜間の義歯装着が口の中の環境に影響する理由として、義歯が歯ぐきを長時間覆うことで清掃しにくくなる、汚れや細菌が増えやすくなる、唾液の働きが妨げられる、といったことが考えられています。ただし、これらは仮説として考えられている段階であり、メカニズムが十分に確かめられているわけではありません。就寝中は唾液の分泌が減り、気づかないうちに少量の唾液が気管に入ることもあるため、その唾液のなかの細菌が多いことが、リスクを高める一因になる可能性が考えられますが、確実に示されているわけではありません。

対処・介入

まず、夜間は義歯を外して休むことを提案しました。ただし、外すことには、顔つきが気になる、義歯をなくしてしまう、外した義歯の保管が難しいといった負担もあります。そのため、ご本人とご家族の気持ちを伺い、無理のない方法を一緒に考えました。夜間に外すかどうかは、全身の状態や生活の状況もふまえ、主治医や歯科医師と相談して決める必要があります。

次に、義歯と口の中のケアをお伝えしました。外した義歯は、流水の下で義歯用のブラシを使い、汚れを落とします。そのうえで、義歯洗浄剤を使い、水に浸して保管します。義歯を乾燥させたり、熱いお湯につけたりすると、変形することがあるため注意が必要です。また、義歯を外した状態で、歯ぐきや舌、頬の内側を、やわらかい歯ブラシやスポンジブラシで清掃することも、あわせて行いました。

さらに、義歯の調整を行いました。義歯がゆるいと食べにくさにつながり、粘膜に傷がつくこともあります。適合を整えることで、食事のとりやすさが変わる場合があります。また、定期的に歯科を受診し、義歯と口の中の状態を確認していくことも提案しました。

経過

その後、ご本人は夜間に義歯を外して休むようになりました。朝の痰がらみや口のねばつきは、以前より少なくなったと話しておられます。口臭も、ご家族からみて気にならなくなったとのことです。歯ぐきの赤みも、以前よりおさまってきています。

ただし、この時期には季節の変化もあり、夜間に義歯を外したことだけが変化の理由とは言い切れません。肺炎を繰り返さないかどうかは、今後も経過をみていく必要があります。引き続き、義歯の清掃状況と、発熱や痰の様子をみています。

ご家庭でできる予防のポイント

義歯を使っている方は、毎日の取り扱いを見直してみてください。食後は義歯を外して清掃する、就寝前に義歯を外して洗う、外した義歯は洗浄剤を入れた水の中に保管する、歯ぐきや舌も清掃するといったことが基本になります。就寝中の義歯の扱いは、一律には決められないため、かかりつけの歯科医師に相談して、その方に合った方法を決めてください。

義歯を使っている方に、次のような様子がないか見てください。朝の痰がらみが増えた、口のなかがねばつく、口臭が強くなった、義歯が合わず食べにくそうにしている、義歯に汚れが残っている、微熱を繰り返している。こうした様子が続く場合は、早めに歯科や主治医へ相談してください。

おわりに

入れ歯を外して眠ることは、小さな習慣のようにみえます。しかし、高齢者を対象とした研究では、この習慣と肺炎との関連が報告されており、口の中を清潔に保つことは、肺炎の予防を考えるうえでも大切だと考えられています。ご本人の気持ちや生活を大切にしながら、無理のない方法を一緒に探していくことが、続けられるケアにつながります。

当院のワンポイント

義歯を使っている方は、夜の扱いを一度見直してみてください。夜間も外さないほうがよいか、外したほうがよいかは、人によって異なります。気になる様子があれば、早めにご相談ください。通院が可能な方は外来(完全予約制)、通院が難しい方は訪問診療で対応します。ケアマネジャーさま・施設さまからのご相談はこちらをご覧ください。

※ 本記事は特定の患者様の症例ではなく、個人が特定されないよう構成した典型的な複合症例です。記載した経過は複合症例に基づく一般的な例であり、治療経過には個人差があります。本記事の内容が特定の効果・予後を保証するものではありません。

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